ポルトガル出身のアントニオ・グテーレス国連事務総長(71)は今年12月に5年の任期を終えるが、再選のため立候補する意向だ。ポルトガルのコスタ首相は24日、ツイッターで「グテーレス事務総長を次期国連総長の候補者に任命した。事務総長はその自主性、その職務能力、対話へ調停力を有している」と評している。同首相はグテーレス氏の再選出馬への書簡を国連総会議長と国連安保理事会宛てに送付済みだ。
グテーレス事務総長は報道官を通じ、「候補任命に感謝している。その信頼に答えるために全力を投入する覚悟だ」と述べている。グテーレス事務総長は今年初めに国連総会議長に2期の任期を目指す意向を既に伝えている。同氏は2017年初めに第9代目の国連事務総長のポストに就き、今年12月に1期目の任期が終わる。
国連外交筋によると、グテーレス事務総長を脅かす対抗候補者は目下、出てきていない。国連75年以上の歴史で女性事務総長は誕生していないことから、国連内外で女性事務総長待望論が聞かれるが、女性候補者の名前はまだ上がっていない。
有力な女性候補者が出てこない限り、現職のグテーレス事務総長の再選は濃厚だろう。ちなみに、ヒラリー・クリントン女史が国連事務総長ポストに立候補するのではないかという噂があるが、安保常任理事国の中国、ロシア両国の支持を得ることは難しいだろう。
興味深い点は、グテーレス氏は国連事務総長選に初めて立候補する時、ヒラリー・クリントン女史がトランプ氏を破って米大統領選で当選することを期待して立候補を決定した。そして今度は、バイデン氏がトランプ大統領を破って当選するまでは再選出馬の意思表明を控えていたことだ。
国連事務総長の選出では、安保常任理事国、米、ロシア、英国、フランス、中国の5カ国の意向が決定的な影響を与える。5カ国の1国でも反対すれば、その候補者の選出は難しくなる。事務総長の選出がどうしても外交の裏舞台で進行するため、加盟国には「事務総長選の透明性」を求める声がある。同時に、前述したように、女性国連事務総長の誕生を求める声が久しく聞かれる。
国連外交の焦点は、バイデン新政権の国連外交と、国連内の政治的影響力を高めてきた中国の出方に注がれる。“アメリカ・ファースト”のトランプ政権は政権発足後、国連外交には余り関心を払わなかった。それだけではない。国連教育科学文化機関(ユネスコ)の脱退、地球温暖化対策の国際的枠組み「パリ協定」から離脱などを次々と決めていった。
グテーレス事務総長は2018年7月、職員宛てに「国連の活動資金が底をつきそうだ」という悲鳴にも似た緊急アピールの書簡を送ったことがある。事務総長によると、加盟国中、期日までに分担金を支払っていない国は81カ国にも及ぶという。それ自体、決して新しいことではないが、未払い国の中に最大分担金拠出国の米国が含まれていたからだ。
バイデン新政権は脱退、離脱の取り消しに関する大統領令に署名し、国連外交に対しても「米国は戻ってきた」というシグナルを国連関係者に向かって発信してきた。
問題は、国連内での中国の影響力の拡大だ。トランプ政権の国連離れをよそに、中国共産党政権は国連専門機関のトップポストを掌握するなど、その影響力を拡大してきた。例えば、ウィーンの国連工業開発機関(UNIDO、李勇事務局長)、ジュネーブに本部を置く国際電気通信連合(ITU、趙厚麟事務局長)、そしてローマに本部を置く国連食糧農業機関(FAO、屈冬玉事務局長)のトップは中国人だ(「中国共産党の国連支配を阻止せよ」2019年6月10日参考)。
国連国別分担率で中国は2019~21年の通常予算で12・005%となり、日本(8・564%)を抜き第2位だ。米中は国連の分担金で1位、2位となる。両国の相違は、国連離れを見せてきた米国に対し、中国は世界制覇の野望実現のため国連を積極的に利用してきたことだ。
グテーレス事務総長の再選問題に戻る。同氏は職業外交官だ。調整能力は備えているが、21世紀の国連を世界平和実現に寄与する国連に再生できる能力があるだろうか。グテーレス氏は中国のウイグル民族に対する中国共産党政権の弾圧政策を厳しく批判したことがあったか。法輪功信者への強制臓器摘出問題に対して北京を追及したことがあったか。大国間の利害調整は重要だが、中国の人権蹂躙問題に対する事務総長のスタンスは過去、揺れてきた。
世界各地で紛争は絶えず、国連の調停能力が問われている。戦後75年以上を経過した国連は基本的な刷新が願われている。国益を守ることが外交とすれば、196カ国の加盟国を抱える国連は196の異なる国益外交の衝突の場となる。対立を調停し、妥協可能な解決策を見出すためには、安保理改革だけではない。国益を超えた明確な理念を提示する必要がある。共生、共栄、共義の世界実現の為の理念だ。例えば、国連の上下2院制だ。
直径最大200ナノメートル(nm)の新型コロナウイルスは今日、民族、国境、大陸を超え、世界全土でその猛威を振るっている。一方、われわれ人類は民族、国境、大陸の壁を超えることが出来ず、戦い、苦悩してきた。このままの状況が続くならば、人類はウイルスよりも劣る存在となってしまう。民族、国境、そして宗教の壁という地の重力から自らを解放し、飛躍しなければならない。さもなければ、われわれは余りにも惨めな存在で終わってしまうのではないか。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2021年2月26日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。