少数派を利するアメリカの選挙制度

選挙は民主主義の根幹

日本という民主主義国に住む我々は選挙という制度を空気のように扱っており、立ち止まってそれについて思いを巡らせる人々は、筆者のような政治オタク以外にいないであろう。

tomazl/iStock

しかし、選挙という制度の意義、そして、それがもたらした利益を考えた時に先人たちの知恵に感嘆せずにはいられない。選挙という利害調整メカニズムが登場する前までは、政治的な目標を達成するためには暴力を用いた個人間又は集団同士の闘争こそが唯一のツールであった。

だが、選挙という制度が出現したおかげで、平和裏に物事を決めていく環境が整備された。また、選挙という名の戦いで負けたとしても、ある一定期間が経てば、敗者に再び自らの主張が実現できるチャンスが与えられる。ただ単に腕っぷしが強い人々が羽振りを利かせる社会からインクルーシブで安定した社会が誕生する余地が選挙によって生まれた。

選挙は民主主義の根幹である。民主主義は多様な意見の共通項を調整することを要するというカオスな側面があるため、何らかの形で収集をつける必要がある。そこで、選挙という国民の間の最大公約数であるコンセンサスを引き出し、敗者にも再起の機会を与える制度があることによって民主主義国は上手にガス抜きをし、多少の分断や混乱を経験しながらも、安定的な状態を維持していく。これらの要素が民主主義を他の政治体制より受け入れやすいものとし、その受け入れやすさが人々が選挙という制度を気に留めない理由のひとつなのかもしれない。

そして、選挙、民主主義という単語を浮かんだとき、必然的に連想するのがアメリカという国の政治体制であろう。アメリカは近代国家で、独裁を否定して、選挙を含めた民主的な政治体制を確立させようとした最初の国のひとつであり、自らの政治体制の優位性に心酔するがあまり、時には武力を行使をして他国にそれを押し付けてきた歴史もある。

しかし、そんなアメリカの選挙制度も問題を抱えており、本稿ではその問題の一部について触れたい。

少数派を利するアメリカの選挙制度

アメリカの選挙制度が抱える問題のひとつは少数派を過度に利することだ。

例えば、大統領選で用いられる選挙人制度がひとつの例である。選挙人制度は端的に言えば各州に割り振られた選挙人と呼ばれる州の代表の取り合い合戦である。そして、ネブラスカ州やメイン州を除いたほとんどの州では勝者総取り方式がとられており、例え1票差で勝ったとしても、その州の選挙人をすべての候補者は自分のものにすることができる。

そのため、理論上では例え2000万票差で負けていたととしても、比較的多い選挙人を要する州で1票でも多く取れれば、アメリカでは大統領になることができ、多数派が必ず勝てる制度ではない。

そして、その制度のせいで多数派であったはずのバイデン氏は危うく敗北しかけた。昨年の大統領選で、トランプ氏に投票した7500万人も居たが、バイデン氏に投票した人々の方が800万人多かった。しかし、保守系コメンテーターのサガー・エンジェテイ氏によると、接戦州と呼ばれるところにおいて合計で約4万票がトランプ氏にながれていたら、トランプ氏は再選していたとしている。純粋な多数決の原理というレンズから800万という数字だけを見ればバイデン氏が容易に勝利してもおかしくないが、選挙人制度という制度から見ればバイデン氏は薄氷の勝利だったと見なされる。

また、大統領選だけではなく議会選という観点から見ても少数派は利されている。1月5日でジョージア州の上院の議席が二つとも民主党に献上されるまで、上院は約10年間多数を占める共和党に支配されていた。しかし、議席の数では共和党に勝っていたものの、代表されていた国民の数では民主党に大きく溝を離されていた。VOXによると共和党は民主党より代表している国民の数が4000万人も少ないと指摘し、元VOX代表のエズラ・クライン氏はそれを少数派による支配の現れだと指摘している。アメリカでは4000万人から支持されなくても法律の採択の是非を決める重要な機関を傘下に収めることができる現状がある。

そして、議会選でどうしてこのような不可思議な状態が生まれるかというと、ゲリーマンダリングと称される意図的な選挙の区割り操作が原因である。この用語はとある昔にマサチューセッツ州のゲリー知事が自らの党が有利になるように選挙区の形をまるでサラマンダー(火トカゲ)のように変えたことが由来している。さらに、この種の選挙区操作は現在でも続いており、共和党がそれを活用して少数派の意見を代表しているのにもかかわらず、政界では権力をふるえている。

高まる選挙制度改革の動き

そして、多数派でありながらもそれに応じた権力を得れていない民主党側が主導し、特に選挙人制度の改革を求めている。2020年の大統領選につながる予備選では候補者らが公然と選挙人制度の廃止を訴え、民主党の大御所であるヒラリー氏オバマ氏も同様の声を上げている。また、ニューヨークタイムズ氏ワシントンポスト紙などといったリベラルな紙面も例外ではない。

それでも現行の制度を守る?

しかし、いくら少数派が過度に代表され、その現象を生み出す選挙制度の改革を民主党が望んだとしても様々な障壁が存在する。まず、選挙人制度を廃止するということは憲法を修正するということであるから、それを可能とする法案は下院上院の3分の2の賛同が必要である。その後、全米の州の4分の3の承認があってから初めて憲法の修正が完了する。そして、近年ますます党派間の分極化がすすんでいることを考えると、国内問題に関して何らかのコンセンサスが生まれると考えるのは難しい。また、その制度改革によって損する共和党が間違いなく妨害するはずである。よって、近い将来に少数派が過剰に代表される制度が是正される可能性は極めて低い。

しかし、一方で別に現行の選挙制度を廃止しなくてもよいという人も米国内には存在する。、彼らはそれによって多数派の暴走に歯止めをかける存在がいなくなり、少数派が圧迫される状況が生まれてしまうのではないかと危惧する。

だが、長期的なスパンで見た時に、現状の選挙制度の不備がアメリカ式の民主主義に対する脅威になると筆者は考える。何千万という数の人々の声を無視した政治が行われ続けたら民主主義に対する国民からの信頼が薄れていくのみならず、機能不全を起こしかねない。そのため、少数派を利する現行の選挙制度を変える必要があると筆者は考える。