山田真貴子事件の元凶は放送衛星を私物化する電波官僚

池田 信夫

山田真貴子前内閣広報官(首相官邸ウェブサイトより)

総務省の接待事件は、山田真貴子内閣広報官の辞任に発展した。接待そのものは大した事件ではないが、それに対する菅首相の対応が迷走し、政権末期の様相を呈してきた。

「首相の息子の接待」という話が注目されているが、根本的な問題は、なぜ今どきこんな時代錯誤の接待をしていたのかということだ。こういう習慣は1990年代まであったが、1998年の大蔵省接待事件で霞ヶ関からは姿を消した(はずだった)。

この事件で大蔵省では幹部が大量に処分され、国家公務員倫理法ができ、官僚の接待は原則禁止になった。それが今まで総務省に残っていたのは、電波行政の特殊性に原因がある。

東北新社はなぜ電波官僚を接待したのか

今回の事件で接待した東北新社は放送衛星で「スターチャンネル」という局をもっているが、2019年にその中継器を再編する方針が決まった。4Kや8Kなどに対応する新しいチャンネルを増やすためだが、これにともなってスターチャンネルのスロット(中継器の割り当て)が減らされた。

山田総務審議官が接待を受けた2019年11月は、その年9月に吉本興業の子会社など3社の参入が決まった後で、翌年3月にスターチャンネルのスロットが変更される前である。変更は形式的には電波監理審議会で行われるが、実質的な決定は総務省の電波官僚が行う。変更の条件や中継器の料金などについて、総務省と東北新社の交渉が行われていたと思われる。

山田氏がその交渉に直接関与したわけではなく、接待でそういう話が出たとも思えないが、秋本前情報流通行政局長との会話から考えても、小林史明議員に代表される改革派から東北新社の既得権を守るという合意はあったはずだ(そうでなければ接待を受けない)。

「放送衛星利権」に沈黙するマスコミ

本質的な問題は、このように放送衛星のチャンネル割り当てを政府が決めていることだ。これを「オークションで割り当てろ」という人がいるが、BSの周波数(Kuバンド)の免許はすでに割り当てられている。そのインフラ業者(B-SAT)は民間企業(NHKが50%出資)であり、チャンネルをどう配分するかは民間企業の経営問題である。

世界的には日本のような放送衛星(直接放送衛星)はほとんどなく、圧倒的多数は通信衛星だが、そのチャンネルを政府が割り当てる先進国はない。たとえばルパート・マードックのもっている衛星のチャンネルを誰が借りるかは、マードックが決める。これは民間のビジネスなので、政府のオークションなんて必要ない。

「チャンネルを自由に決めるとエロやギャンブルばかりになる」というが、ネットにはエロもギャンブルもあふれている。視聴者にとっては、衛星もNetflixも同じだ。衛星のチャンネルだけバランスをとってもしょうがない。コンテンツを電波官僚の裁量で決めるから、接待や天下りがはびこり、ビジネスとしても失敗するのだ。

いいかえると、電波官僚は公共の電波を私物化して業者と利権をわけあっているのだ。この構造を根絶しない限り、日本の電波行政は正常化できない。

ところがテレビも新聞も「7万円接待」は問題にするが、電波行政にはまったくふれない。それはこのような利権構造の根幹にあるのが民放連だからである。電波官僚の汚職はマスコミが問題にしないから、今までこんなあからさまな接待が横行していたのだ。

山田氏の辞任で幕引きをしてはいけない。これは日本の腐敗した電波行政を改革する第一歩である。放送衛星や通信衛星のチャンネルを完全民営化し、政府がチャンネル編成に介入するのをやめさせるべきだ。

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