投資運用業において、意思決定は組織として決定されるにしても、そのことは決して組織としての合意を意味しない。意思決定は常に具体的事案に対峙するプロフェッショナル個人によってなされるほかないのである。
投資戦略は多数の銘柄の組み合わせで構成されるから、銘柄の属性を集計したときの偏りや、一銘柄当たりの投資額の上限などに、数量的制限をつける必要がある。これがリスク管理であるが、この本来のリスク管理は、プロフェショナル個人の意思決定の集積結果の単なる数量調整にすぎないのである。
しかし、組織の弊害は、リスク管理の煩瑣化、規則化、肥大化、越権的な一人歩きを招く。そして、最終的には、プロフェショナル個人の裁量よりも、組織の規則による統制が優越してしまう。
リスク管理の優越は、プロフェッショナル個人の決定と責任を排除し、組織の合意に基づく投資という名のもとで、投資は単なる事務に堕す。しかも、リスク管理手法は、どの投資運用業者でも似たり寄ったりなので、結果として、個性もない、付加価値もない投資が横行する。
ここには、金融規制の影響もある。過去の金融庁の姿勢は、リスク管理等の組織統制の徹底を強く求めるものだったからである。
それは、その時点における金融界の現実と、それに対する金融行政の課題に基づくものであり、歴史的正当性があるのであって、決して間違ってはいなかったのであろうが、金融庁が次々に制定する規則等を受け、投資運用業に限らず金融界全体として、総じて過剰反応を起こし、社内規則等が大量に制定され、かつ杓子定規な規則等の適用のなされたことは、金融機能全体において、質の劣化を招いたことは否定できない。
この事態は、金融庁にとっても、意図せざる不幸な結果だったはずである。故に、近時、金融庁は大胆な路線転換に踏み切ったわけである。特に、投資運用業の改革は、「資産運用の高度化」の名のもとに、今も、重要な行政課題に掲げられている。
高度化には、フィデューシャリー・デューティーの導入等の様々な具体的内容を含むが、その最重要なものの一つは、間違いなく、プロフェッショナリズムの徹底、即ち、組織統制から個人の能力への基軸の転換である。
森本紀行
HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長
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