ネアンデルタール人と人工知能―なぜ「人は人である」か?(佐藤 奈桜)

新型コロナウイルスを重症化させるのも予防するのも「ネアンデルタール人」の遺伝子である―こうした研究結果が去る(2021年)2月17日、PNAS・米国アカデミー紀要に掲載された(参考)。

図表:Le Moustier by Charles R. Knight, 1920 出典:Wikipedia

ネアンデルタール人は約40万年前に出現し2万数千年前(2014年に発表された学説では約4万年前)に絶滅したとされる化石人類の一つである。ヨーロッパ大陸を中心に西アジアから中央アジアに至るまで広く分布していた。

従来現生人類とは差異が大きいと考えられていたものの、研究が進むにつれ共通性が広く認められネアンデルタール人と現生人類の際は亜種レベルに過ぎないとの見解も登場した。

2010年5月7日の米国系科学誌『サイエンス』には現生人類のゲノムにネアンデルタール人の遺伝子が数パーセント混入しているとの研究が発表された(参考)。

こうした中で上述のように昨年(2020年)来の新型コロナウイルスによるパンデミックにおいてこのネアンデルタール人の遺伝子がその重症化を予防したり増進したりするという学説が発表されたのである(参考)。

新型コロナウイルスの重症化を予防する遺伝子は現代人の12番染色体の上にあり、新型コロナウイルスによる重症化リスクを約20パーセント低下させる。他方でむしろ新型コロナウイルスに感染した際に重症化させる遺伝子、3番染色体もネアンデルタール人から受け継いで存在する。

前者の遺伝子はアフリカ以外に住む約50パーセントの人が持っており、日本人もおよそ30パーセントがそれを保有している。他方で後者については欧州では16パーセント程度、南アジア(インドやバングラデシュなど)では最大60パーセントがその遺伝子を保持する。

新型コロナウイルスを巡ってネアンデルタール人が注目される中で、去る(2021年)2月11日、『サイエンス』で再びネアンデルタール人にまつわる興味深い研究が発表された(参考)。

実験室で培養したネアンデルタール人の脳組織にヒトの遺伝子をひとつ入れ替えることで、その結果得られたオルガノイドはもはやネアンデルタール人のものではなくなったことから、当該遺伝子が現代人の脳の発達に果たした役割が明らかになったという。

すなわちそれは「どのDNAが人間の脳を“人間”たらしめるのか」、ひいては「何が人間と他の霊長類を分けるのか」といった疑問への答えとなり得るものである。

人間の脳の構造を解き明かすことは何に役立つのだろうか。

それは近年ではまず人工知能(AI)であろう。ヒトの脳神経ネットワーク全体をスーパー・コンピュータ上に再構築する「全脳シミュレーション」にこれまで数十億ドルが投入されてきたものの未だ知性の本質が何かは明らかになっていない(参考)。

しかし多国籍機関はこうした人工知能(AI)技術に注目している。アントニオ・グテーレス国連事務総長は昨年(2020年)6月、学際的かつ協調的アプローチがすべての人の安全で包括的な未来につながるのかについてのグローバルな対話を促進するための「デジタル協力に関するハイレヴェル・パネル(High-level Panel on Digital Cooperation)」を設置した (参考)。

私たちは社会を分析し次の手を決定する「知性」を持つ人工知能(AI)を作り出す知識と権力が一握りの人間に集中しているのに対し、その決定は社会のほとんどの生活に影響を与えるというかつてない時代にいる。そうした中で国連をはじめとする多国籍機関は人工知能(AI)社会のガヴァナンスに関する議論のイニシアティヴをとりつつある(参考)。

こうした中で今次ネアンデルタール人の脳を媒介とした人間の脳が人間のものたる理由、ひいては人工知能(AI)の研究へと至り、人工知能(AI)社会のガヴァナンスが構築されていくことになるのか。引き続き注視してまいりたい。

佐藤 奈桜 グローバル・インテリジェンス・ユニット リサーチャー
国際基督教大学大学院アーツ・サイエンス研究科博士前期課程(平和研究)修了、名古屋大学大学院法学研究科博士後期課程(憲法)単位取得満期退学。安全保障・平和問題を主に研究する。2020年6月より現職。