コロナで実感、自治体は採用試験に「福祉職」の創設を --- 松橋 倫久

地方在住者だからこそ見える、コロナ禍の「ある課題」

コロナ禍の発生から1年、生活が大変な人は首都圏にかぎらず今も全国各地で増え続けています。SNSを見ていると、福祉事務所で水際戦略を取られ、なかなか生活保護につながれない人も多いようです。一番の理由は「生活保護のための予算が十分にない」ということなのだと思いますが、私は役所の人事制度にも問題があると考えています。

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通常、県庁や市町村の文系の事務職員は「行政」や「事務」という職種で一括採用されています。一番のメリットは、人事課が配置や異動を考えやすいということです。行政職・事務職なら事務系のポストであれば、誰でも、どこでも配置できるためですが、現実的にはどこか特定の部局が長くなるということはよくあるものの、これまでの人事制度では主にゼネラリストを育成することが主眼とされてきました。

ただ、この制度は人事課にとっては運用しやすい一方で、スペシャリストを育成しにくいという欠点がありました。一連のコロナ対応で福祉の職場に目を移せば、なぜ水際戦略が行われるか。上司の指示ということもありますが、福祉の知識や理念が職員に足りないからではないかと思います。現在でも、福祉事務所では社会福祉主事の資格を取得させる研修などが実施されています。任用資格を満たしているので、それでいいじゃないかという考え方もある一方、もう一歩踏み込んで「福祉の専門家」を採用できるようにしても良いのではないでしょうか。

具体的には、「行政」や「事務」でまとめて採用している事務職の定員のうち一部を、「福祉」職で採用してはどうかと思うのです。実際に、東京都をはじめとするいくつかの自治体では、すでに福祉職での採用が実施されているということです。

東京都福祉保健局の職員採用サイト

「福祉の専門家」の不足、求められる採用方針の見直し

「行政」でまとめて採用した場合、法学部や経済学部の学生には優位な一方、社会福祉学部を出た学生にとっては厳しいという現実があります。同じ試験で採用すると、偏差値の高い学校や学部の学生ばかり採用され、社会福祉学を学んできた学生はなかなか採用されないのが実情です。わたし自身、そうした場面を何度も見てきました。

今までの制度では、たしかに形式的な平等は保たれています。一律の試験問題で、みんなが競争するわけですからきわめて平等なのですが、平等であるがゆえに本来必要としている人材を採用することができていません。社会福祉学を専門に勉強してきた学生が、法律・政治・経済や経営を中心に出題される行政職の試験に合格することは、とても難しいことなのです。

ですが福祉事務所の現場では、いわゆる「3科目主事」(法学部や経済学部で、福祉に関連する科目を3科目履修して大学を卒業していること)のように、ほんの少し福祉をかじった事がある職員ではなく、きちんとケースワークの技術を学んできた人材が必要とされていると思います。

福祉職の現場で「0が1になる」ことの意味

福祉職を採用している東京都は、採用人数が多いからできるという面は確かにあるでしょう。その一方で福祉の仕事は専門的で、他の事務職から異動してきてすぐにできるような仕事ではないのも事実です。やはり私は、社会福祉学を修めた専門家を採用する方が、地域住民のメリットになると考えています。

私の住んでいる八戸市で福祉職を採用する制度を作ったとしたら、「福祉」職の採用人数は、年に1人や2人程度となってしまうかもしれません。しかし少なくても、専門家が福祉の現場で採用されるようになれば、生活保護での福祉事務所での対応も改善されていくのではないでしょうか。「0が1になる」ことは、「100が200になる」ことよりもはるかに大きいと考えます。

福祉事務所の仕事は、対人関係のストレスのかかる職場で、きちんとしたケースワークの技術を身につけてきた人でないと、心に負担となってしまう可能性もあります。また、生活保護というのは本来、生活再建のための制度です。支援を必要とする方々(クライアント)の生活を立て直すためにも、専門的な知識や技術は必要なはずです。他の部署から異動してきて、そう簡単に短期間で身につくスキルではないと感じています。メンタルヘルス的な面から職員を守るため、また福祉事務所で質の高いサービスを地域住民に提供するためにも、行政職で採用した職員をローテーションで回すよりも、福祉職で採用した職員を専門職として処遇するようにした方が、自治体にとっても有益ではないかと考えます。

福祉事務所の職場の雰囲気が変わるまでには、福祉職で採用された人が一定数の人数に達するまで、ある程度歳月を要するかもしれません。そういう意味では、即効性のある政策ではないのですが、長期的な視点で見たときに、この行政職の一部を福祉職で採用する、というのは結構大事な視点となってくるのではないかと思います。

松橋 倫久 1978年青森県生まれ、元青森県庁職員。東北大学を経て2002年青森県庁に奉職。在職中弘前大学大学院修了。統合失調症を患い2016年同庁退職。現在はB型事業所員の傍ら、自治体行政のあるべき姿を研究中。