イラクを訪問中のローマ・カトリック教会のローマ教皇フランシスコは6日、イラク中南部ナジャフで同国イスラム教シーア派精神的指導者アル・アリ・シスターニ-師と会見した。教皇の4日間のイラク訪問の中でもハイライトだ。バチカンニュースは「(90歳の)シスター二ー師と(84歳の)フランシスコ教皇の2人の老人の小さな一歩は宗派間の融和への大きなステップだ」と、アポロ11号のニール・アームストロング米船長の月面に降りた直後の名言に倣い、評している。
両指導者が会合したナジャフにはイスラム創設者ムハンマドの娘婿(義理の息子)第4代カリフのアリーの聖廟がある。彼はイスラム教シーア派初代指導者で、聖廟を覆う黄金色アーチ型ドームは世界のイスラム教の聖地のひとつであり、シーア派信者のメッカだ。バチカン広報によれば、フランシスコ教皇はシスターニー師との会見では、少数宗派の権利擁護のために尽力してきた同師に感謝の言葉を伝えている。両指導者の最大テーマはキリスト教とイスラム教の融和だ(「『アブラハム家』3代の物語」2021年2月11日参考)。
ところで、フランシスコ教皇が5日、バチカンからイラクに向かった直後、ウィーンに事務局をもつ国際機関「宗教・文化対話促進の国際センター」(KAICIID)のファイサム・ビン・ムアンマル事務総長は「ウィーンの事務局を閉鎖する」と発表している。
KAICIIDは2012年11月26日、サウジアラビアのアブドラ国王の提唱に基づき設立された機関で、キリスト教、イスラム教、仏教、ユダヤ教、ヒンズー教の世界5大宗教の代表を中心に、他の宗教、非政府機関代表たちが集まり、相互の理解促進や紛争解決のために話し合う世界的なフォーラムだ。その国際フォーラムがフランシスコ教皇がイスラム教徒との融和を示すイラク訪問直前にウィーン事務所の閉鎖を決定したわけだ。関係者によれば、閉鎖は関係者の全員一致で決定したという。スイスのジュネーブに事務所を移転するという話が出てきている。
同センターがウィーンで開設されると、欧米各地で批判の声が上がった。同センターの提唱国であり、財政拠出国のサウジアラビアの人権問題、「信仰の自由」が蹂躙されていることへの批判だ。同国のイスラム教は戒律の厳しいワッハーブ派だ。実際、米国内多発テロ事件の19人のイスラム過激派テロリストのうち15人がサウジ出身者だった。同国ではまた、少数宗派の権利、女性の権利が蹂躙されていることから、人権擁護団体やリベラルなイスラム派グループから「国際センターの創設はサウジのプロパガンダに過ぎない」といった批判が飛び出していた。同センターはサウジ、オーストリア、スペインが創設メンバー国であり、バチカンがオブザーバーとして参加している。
同センターの設立祝賀会では、サウジのファイサル外相(当時)が、「さまざまな宗派が結集するセンターは歴史的な役割を果たしていくだろう」と期待を表明。ゲスト参加した国連の潘基文事務総長(当時)は、「宗教リーダーが紛争解決で重要な役割を担っている」と激励した。しかし、オーストリア日刊紙プレッセは「KAICIIDはシリア内戦に対し、これまで何の表明も公表していない」と、スンニ派、シーア派、クルド系など宗派・民族の違いが内戦の背景にあるのにもかかわらず、KAICIIDが沈黙していることに不信を表明したほどだ。KAICIIDは創設後8年間余り、宗派間の調和促進を目指す国際フォーラムとして欧米社会から認知されずに終わった(「目覚めよ、宗教指導者たち」2013年11月15日参考)。
宗派間の対話、融和がなぜ難しいのだろうか。大きく2点が考えられる。①各宗派は自身の教え、教義を最も正しいと考えている。その教えを他宗派のそれに歩み寄ることは難しい。世界最大のキリスト教の総本山バチカンは「われわれは真理を有している」として、常に上からの目線で他宗派を見つめてきた。②各宗派は時の政治の影響を受け、宗教の独立性、自主性を失ってきた。宗派間の対話は単なるアリバイ工作で終始し、実質的な進展はこれまでなかった。
フランシスコ教皇とシスターニー師の会見でキリスト教とイスラム教との対話で前進があっただろうか。カトリック教会では聖職者の未成年者への性的虐待問題や財政の不正問題が頻繁に起きる一方、教会の刷新を訴える信者が増えてきている。一方、イスラム教ではスンニ派とシーア派の対立、イスラム過激主義の台頭、「宗教と政治」関係など多くの難題を抱えている。宗派内に問題を抱えている現状で、他宗派との融和は困難だ。宗派間の融和を模索するフランシスコ教皇のイラク訪問中に、ウィーンのKAICIID本部の閉鎖が発表されたのは単なる偶然ではなく、宗派間の融和が如何に難しいかをシンボリックに示すことになった。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2021年3月8日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。