マスクが影落とすドイツの「選挙戦」開幕

ドイツでは2021年、6州で州議会選と連邦議会選が実施される。文字通り“選挙のスーパー・イヤー”だ。その皮切りとして今月14日にはラインラント=プファルツ州とバーデン=ヴュルテンベルク州の議会選が行われ、4月に入るとテュ―リンゲン州、6月にはザクセン=アンハルト州の議会選が実施され、そして9月末にはベルリン市(特別州)、 メクレンブルク=フォアポンメルン州 、そして連邦議会選が同時に行われる。特に、連邦議会選は、16年間政権を担当してきたメルケル首相が出馬しないことから、ポスト・メルケルの行方を占う選挙となる、といった具合だ。

▲CDUの結束を呼び掛ける新党首ラシェット氏(CDU公式サイトから)

選挙の年を迎えると、政党や議員のスキャンダル、不祥事が浮上し、メディアで激しい批判合戦が展開されることが多いが、今回も例外ではない。与党「キリスト教民主・社会同盟」(CDU/CSU)に所属する2人の連邦議員が新型コロナウイルス感染防止用マスクの調達で賄賂を受け取っていた疑いが出てきたのだ。以下、オーストリア通信の記事を参考にまとめた。

容疑を受けている議員は、ゲオルグ・ヌスライン議員とニコラス・レーベル議員。コロナ感染防止用マスクの購入でメーカーを斡旋し、数十万ユーロの手数料を受け取っていたという。CSU院内副総務のヌスライン議員に対しては、賄賂を受け取った疑いで既に捜査が入っているという。同議員は7日、弁護士を通じて「自分への偏見に基づく批判はもはや忍耐の限界点に達した。私ゆえに党がマイナスを受ける事態は避けたい」と述べ、連邦議会での役職を即辞任するが、議員職は任期満了後まで続けるという。

同議員への容疑は、コロナ感染防止用マスクの調達をコンサルティング会社を通じて斡旋し、その手数料60万ユーロ(約7750万円)を受け取っていたというものだ。連邦議会は全員一致で同議員の議員特権のはく奪を決定している。

一方、レーベル議員は7日、「議員職を8月末に辞任する。次回の連邦議会選には出馬しない」と述べ、政界から引退する意向を明らかにしている。同議員は自身への容疑をほぼ認め、国民に対して謝罪を表明している。同議員はマスク製造メーカーと個人企業との間を調整し、その手数料25万ユーロ(約3230万円)を受け取っていたというのだ。

上記の2人の独連邦議員だけではない。CDUのアクセル・フィシェ議員も賄賂容疑で捜査を受けている。ベルリンからの情報によると、同議員の連邦議会事務所など6カ所が家宅捜査を受けている。同議員の場合、2008年から16年の間、バルト3国で口座を有する英国のメールボックス会社を通じて、アゼルバイジャンから賄賂を得ていた疑いだ。自身の政治的影響を利用して、アゼルバイジャンの利益を擁護していた。本人は「全く根拠のない容疑だ」と疑いを一蹴している。

CDUの第33回党大会(今年1月16日開催)で新党首に選出されたドイツの最大州ノルトライン・ウエストファーレン州のアルミン・ラシェット首相は、「国民がコロナ禍で危機にある時、国の代表というべき連邦議員が個人の利益のために賄賂を受け取るなどは許されない、そのような議員は即、議員職を辞任すべきだ」と強い口調でアピール。与党議員のスキャンダルは選挙の年だけに、大きな影響を与えることは目に見えているからだ。新党首としては不祥事を起こした議員は即辞任させ、選挙への影響を最小限度に抑えなければならないわけだ。前党首の クランプカレンバウアー国防相 もツイッターで「辞任するだけでは十分ではない」と厳しく批判している。

CDUの姉妹政党のCSUのマルクス・ゼーダー党首は、「国民に選出された議員が国民的危機の時、それを利用したビジネスに走ることは絶対に甘受されない。そのような生き方はCDU/CSUの基本的価値観とは一致しない」とツイッターで発信し、「国民の政治への信頼を損なう」として関係した議員の即辞任を重ねて要求している。

選挙の年の今年、16年間トップを務めてきたメルケル首相は政界から引退する。それを受け、第33回党大会で新党首が選出されたが、9月末の連邦議会選で、誰が党の次期首相候補者とするかは、CDUとCSUの間でまだ決定していない。これまではCDU党首が自動的に次期首相候補者となったが、今回はそうとはいえない。ラシェト新党首が党次期首相候補者となる可能性のほか、CSUのゼーダー党首の声も出てきているからだ。

与党議員のマスク・ビジネスの影響もあって、CDU/CSUの支持率は低下する兆候が見られている。ビルド日曜版によると、支持率は約32%で前回の連邦議会選の得票率32.9%を下回っている。まだ微減だが、選挙戦が進むにつれ、マスク・スキャンダルの影響はボデーブローのように効いてくるかもしれない。

ちなみに、隣国オーストリアでもコロナ禍に関連してマスクの調達問題で不祥事が生じている。クルツ首相の知人関係者が中国製のマスクをオーストリア製にして売っていたという事件が暴露されたばかりだ。クルツ首相自身は直接関与していないが、その知人の会社がマスク・ビジネスで暴利をむさぼっていたわけで、クリーンでイケメンのイメージのクルツ首相にとって政治的打撃となることは間違いない。

中国発新型コロナウイルス感染が欧州全土で拡がり、「マスクはアジア文化」と言い張ってきた欧州社会でもマスクは定着してきた。そのマスクの調達問題でドイツ、そしてオーストリアでは政治家のスキャンダルが起きたわけだ。ウイルス感染を防止できないマスクは、役に立たないとして捨てられるが、マスクを不正に扱い賄賂を受け取った政治家の政治生命ぐらいは吹っ飛ばしてしまう。たかがマスク、されどマスクだ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2021年3月9日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。