コロナ対策の判断で医者の意見は参考に留めよ 

八幡 和郎

医者は医療のためには医療費というコストを考えるべきでないのか?そう言いたい医者もいるかもしれないが、患者にとっても医者にとっても健保会計にとっても現実に合うはずないから、そんな主張はまじめにはしないだろうし、実践もしていない。

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だが、今回のように疫病の流行を防ぐためには、国民経済や財政のコストは考えなくてもいいと思っているのでないか?

国民経済への負担としてのコストと流行防止の効果のバランスがもっともいい解決を考えるという配慮がまったく感じられない。だから、欧米の数十分の一の患者数で、GDPは同じ程度に落ち込むという信じがたいことが起きている。

たとえば、私はGo Toトラベルなど安直に中止したのは馬鹿げていると思う。なぜなら、他のあらゆる人間活動と同様に、ある程度は感染を拡大する効果はあるだろうが、動く額は大きいし、また、いちばん、打撃を被っている分野と地域を救う。しかも、関係業者は感染防止措置を充実していたからだ。

しかし、某医師会長は、「根拠はないが感染拡大の原因でないかと思う」と脳天気に切り捨てた。

だいたい、医療機関は、患者との関でも、医療費については高くなりすぎないように配慮するにしても、時間コストなど、実質的な患者の医療外コストについてはまるで無頓着だ。休日にはほとんどの医療機関が閉まるし、予約制度をきちんとしないで長時間待たせたりする。

その感覚の延長で、こういう措置をすれば、どれだけ、感染を減らせるかだけを物差しに考えるから、経済は大打撃になってしまった。

どうするべきかといえば、コロナ対策についてのあらゆる決定を、医者の意見は単なる参考意見にして、政治ないし行政で総合的判断をするべきだろう。医者はこう言っている、しかし、この措置には、これだけのコストがかかる、それに見合うのかという判断をすべきだ。

審議会なども、医師資格を持つ人の割合を大胆に減らすべきだ。