すてきナイスグループ株式会社(現ナイス株式会社、東証1部)の金融商品取引法違反事件で起訴され、昨年9月から横浜地裁で行われてきた公判で、被告人の平田恒一郎元会長、元社長、被告会社は、いずれも全面無罪を主張し、一審裁判は、検察官と被告側3者弁護人との全面対決となった。
今年1月12日の論告弁論で審理は終結し、明日(3月12日)午後、判決が言い渡される。
この事件も、この種の経済事犯に対する検察の在り方の根本に問題があることを示す典型例である。私がこの事件の主任弁護人を引き受けた一昨年夏以降の経緯を振り返っておきたい。
徹底して「人質司法」にこだわった検察
私が、平田氏の弁護人を受任したのは、2019年8月15日に起訴された平田氏が、その直後に行った保釈請求が却下された後の同年9月初めだった。横浜拘置支所に勾留中だった平田氏の病状は深刻化し、拘置所で処方された薬が従前の薬と異なるためか、身体中に浮腫(むくみ)が生じていた。
しかし、捜査段階から金商法違反の事実を全面的に否認している平田氏については、検察官は弁解内容の調書すら作成していない。検察官の質問に「わかりません」「覚えていません」と言っているとの問答式の供述調書が作成されているだけだった。起訴直後の保釈請求に対して、検察官は、被告人の供述態度を強調し、勾留事実とは無関係のことも含め、家族を通して罪証隠滅を図るおそれがあるなどと言って強く反対し、保釈請求は却下されていた。その後、弁護人から、妻との接見禁止解除を求める請求を行っていたが、それも検察官が強く反対して却下されていた。
私は、何とか早期保釈を実現しなければと考え、平田氏の病状について拘置所内での診療記録を開示するよう求めた。ところが、拘置支所の回答は、「個人情報なので、弁護士会照会がなければ、回答できない。」という信じ難いものだった。刑事事件で勾留されている被告人の権利を守る立場にある弁護人が、接見時の様子からも体調が極度に悪化していることが明らかであって、本人の要請を受けて、診療記録の開示を求めるのが、なぜ、「個人情報」を理由に拒絶されなければならないのか。私は、法務省矯正局にも問合せをしたが、「個別事例には、答えない」と言って回答すらしない。
早速、弁護士会照会を行ったが、拘置所内での検査結果のデータ等の回答が届いたのは、9月末だった。10月に入り、平田氏の病状はさらに悪化し、手足も瞼も腫れ目も開け難い状態となっていった。そこで、平田氏に、拘置所の医師の診察時に、持病の悪化を強く訴えて、外部の専門の医師の診察を希望するように助言し、何とか外部の血液内科の専門医の診察を受けさせることができた。その専門医から確認した内容と、照会回答の検査結果に基づく従前の主治医の「貧血、腎機能悪化要害の程度が増強しており、心筋虚血発作を誘発しかねない状態になっている」との意見書、勾留事実についての平田氏の認否や供述内容についての陳述書などを添付して、保釈請求を行ったのが10月18日だった。
もう少しで検察官に殺されるところだった
その時点では、平田氏は、房内で座っていることも困難となり、房内で24時間横臥が許可されるほど衰弱していた。検察官は、弁護人が、「被告人には、命の危険まである」と必死に訴えているのに、病状を直接確認しようともせず、凡そ理由にもならない理由で保釈に反対した。しかし、10月18日、令状部裁判官と面談して、被告人の病状の深刻さを直接訴えたところ、検察官の強硬な反対意見を退ける保釈許可決定が出された。検察官は保釈許可の執行停止を求めるとともに、準抗告して、保釈に懸命に抵抗したが、地裁の合議体が準抗告を棄却し、平田氏は、逮捕から86日ぶりに釈放された。都内の病院に運び込まれた平田氏は肺に多量の胸水が貯留する深刻な病状であることがわかり、そのまま緊急入院となった。
あの時の、全身のむくみで、目も開けられなくなり、衰弱しきった平田氏を思い起こすと、本当に背筋が寒くなる。平田氏は、「もう少しで検察官に殺されるところだった」と述懐している。「検察の主張を受け入れない被告人は生きていなくてもよい」と言わんがごときの検察官の態度は、まさに「悪魔の所業」である。
こうして検察官が、被告人を生命の危機に晒してまで、有罪判決獲得に徹底してこだわった「金商法違反事件被告人の罪状」というのが、一体何だったのか。それが凡そ刑事事件と言えるようなものではなく、検察官の「妄想」に近いものであることが、その後の、公判前の裁判所・検察官・弁護人の打合せの中で、そして、2020年9月に始まった公判の中で、明らかになっていった。
「不適切会計」すら微妙な事案を強引に「刑事事件」にした検察
本件は、2019年5月に、横浜地検特別刑事部が、突然、被告会社本社等に強制捜査(証券取引等監視委員会と合同捜査)が行われたことを発端とする事件だった。被告会社は、それを受けて、第三者委員会を設置し、その7月下旬に報告書が公表された直後、元会長の平田氏を含む3名の会社幹部が逮捕された。
被告会社は、検察の強制捜査を受けて設置した第三者委員会報告書での指摘を受け入れ、問題とされたザナックという会社への売上が「不適切」だったと認めて、売上を取消す過年度決算訂正を行ったが(しかも、被告会社の前年度の売上が約2500億円だったのに対して、問題とされた売上は僅か約30億円)、せいぜい「不適切」というレベルの問題で、「粉飾決算の刑事事件」などでは全くなかった。
起訴状には、有価証券報告書の虚偽性について、「架空売上の計上などにより」と書かれていた。しかし、その「架空売上の計上」というのがどういう意味なのか、全くわからなかった。
公判前の争点整理で、「架空売上の計上」の主張の会計基準上の根拠を示すよう弁護側から再三にわたって要求され、起訴から4カ月近くも経って、検察がようやく明らかにした主張は、「取引の実態がなく、存在しない」「売買意思がない」というものだった。
しかし、ザナックという会社は、宅地建物取引業の登録を受け、専任の宅建主任者を配置して、中古マンションの再生・販売事業などを営む不動産業者である。問題とされた取引の大部分は、ザナックが被告会社のグループ企業から在庫マンションを買い取ったものだが、その後、ザナックからエンドユーザーである個人に全て販売されている。取引が存在しなかったというのであれば、エンドユーザーにも所有権が移転していないことになりかねない。検察官の主張は、あまりに荒唐無稽だった。
公判前打合せは、起訴後1年近くに及び、弁護側からは、検察官の主張を前提とした場合の民事上の法律関係等に対して求釈明が繰り返し行われたが、結局、検察官は、釈明を拒否し、昨年9月の初公判では、裁判所が、検察官の主張は、「取引の実態がなく、存在しない」「売買意思がない」ということであり、「検察官は会計基準に関する主張はしない」と争点を整理した。
公判で崩壊した検察主張
そして、「架空取引」に関する検察の主張は、当然のことながら、公判の過程で、次々と、その化けの皮が剥がれていった。
ザナックへの不動産売却は実態がなく、売買に見せかけただけ、被告会社グループ企業のマンション管理会社のA社からザナックへの不動産購入資金の融資は、単なる「資金移動」だというのが検察官の主張だった。しかし、この会社は、貸金業の登録を行って、マンション管理組合等への融資業務も行っている、売上が100億以上あり社員も子会社を含めると1000人を超える大きな企業である。
検察官は、その会社の実態も全く確認せず、会社関係者の供述調書も作成せず、「融資」が単なる「資金移動」だと主張していた。
会社関係者にも、「架空取引」などという認識は全くなかった。ところが、会社関係者の供述調書では、ザナックへの不動産売却について、ほとんど例外なく、「売却し」ではなく「売却したこととし」と表現され、売買代金支払については、「売買代金名目で振り込んだ」などと表現されている。
会社関係者は、取調べで、「取引の架空性」について質問されることは全くなく、「売却したこととした」などと述べたこともなかった。検察官が、勝手にそのような表現の調書を作成して署名をさせていたのである。公判廷の証人尋問では、いずれも、「取引の実態はあった」「有効な売買と認識している」、「供述調書で『売却したこととし』と書かれているのに対して異議を述べたが、検察官は聞き入れてくれなかった」と証言した。
検察官の主張は、証拠に基づかない「思い込み」「決めつけ」に近いものだった。
証人尋問と被告人質問が終わり、検察官は、「論告」で、本件各取引の架空性に関して、「ザナック側にリスクが移転していないから所有権が移転していない」「取引が経済的合理性を欠いている。」「所有権の移転及びリスクの移転という法的効果の発生が意図されておらず、効果意思を欠いていた。」というような「民事上の理屈」のようなものを唐突に持ち出してきた。
しかも、それに関して、検察官は致命的なミスを犯していた。
検察は、論告の中の3か所で、弁護人請求証拠の「監査委員会報告第27号」を引用していたが、それらで引用する記述は、弁護人が証拠請求し採用された「監査委員会報告第27号」の「本文」ではなく、付記された「解説」の部分で、証拠になっていないものだった。
「監査委員会報告第27号」は、会計基準に準じる「監査の指針」であり、本件当時被告会社の会計監査人であった公認会計士が、弁護人請求証人として公判廷において供述した際、被告会社の平成27年3月期連結決算の訂正監査に関して「監査委員会報告第27号」に言及したことから、裁判長の示唆もあって、弁護人から証拠請求したものだった。
争点について、第1回公判までの整理で「検察官は会計基準に関する主張はしない」と整理されており、弁護人としては、主張の根拠としてではなく、あくまで、弁護人請求の証人に関する「資料」として「本文」のみを証拠請求したもので、本来、架空取引が争点になっている本件とは直接関係ないものだった。
公判審理の結果に基づいて論告を行うことになった検察官は、ザナックへの不動産売却が「取引の実態がない」という主張も、A社のザナックへの融資が「単なる資金移動」だとの主張も、全く証拠上の根拠がないため、論告での主張をどうしたらよいのか思い悩んだ挙句、弁護人請求で証拠となっていた「監査委員会報告第27号」の「解説付きバージョン」がたまたま手元にあり、「解説」に、使えそうなことが書かれていたことに目を付け、「解説」は証拠とされていないことに気付かず、弁護側証拠を逆手にとったつもりで、主張の根拠にしたのであろう。
論告で、「監査委員会報告第27号」の「解説」中の記述は3か所で引用され、それを根拠とする検察官の主張は広範囲に及んでいた。
結局、検察官の主張は、全体として、「証拠に基づかない論告」だったのである。
しかも、検察官の論告での主張には、絶対に看過できない見解が含まれている。「架空取引の主張」として、「取引が経済的合理性を欠いているから、粉飾を目的とするもので、売買契約は無効」というようなことを主張しているのである。このような検察官の主張は、私的自治の原則により経済主体自らの判断が尊重されるべき経済取引に、検察官が「経済的合理性がない」として「架空取引」と認定できるというものであり、極めて危険な考え方だ。まさに、苦し紛れに、このような暴論まで持ち出して、何とか「架空取引の主張」を維持しようとしたのだろう。
公判の結果、本件での検察の主張は、完全に崩壊・消滅したのである。
公判担当検事ではなく、検察組織と証券取引等監視委員会の問題
この事件では、被告会社・元会長の平田氏・元社長とその弁護団は、「本件各取引には実態がある。架空取引などではない」という無罪主張で完全に一致し、それぞれ検察と戦った。
日産自動車の金商法違反事件で、被告会社の日産は検察とタッグを組んで(ゴーン会長追放を企て)、ゴーン氏の国外逃亡のためにケリー氏だけとなった公判でも、日産は、起訴事実を全面的に認め、検察と「二人三脚」のような関係で、ケリー氏の有罪立証に協力しているが、この事件はそれとは大きく異なる。
平田氏の弁護団は私が主任弁護人、元社長の弁護団は東京の中堅法律事務所、会社側の弁護団は、横浜市の中堅法律事務所と東京の4大法律事務所の一角という、強力な体制だったのに対して、検察側は、初公判から結審まで、一人の検事が公判に立ち会った。
明らかに「証拠に基づかない論告」のほか、論告での主張内容全体に問題があることは否定できないが、それは、決して、公判を担当した検事個人が責められるべきことではない。論告で有罪主張を行うことが、そもそも無理な事件なのであり、公判担当検察官としては、「公訴取消」を行わない検察の方針の下では、最大限の努力をしたに過ぎない。
最大の問題は、このような全く無理筋の金商法違反で被告会社への強制捜査を決断した、横浜地検幹部、それを了承した法務・検察組織であり、それに同調した証券取引等監視委員会の判断である。
金商法違反事件であること、証券取引等監視委員会と検察とが合同で捜査し、同委員会が告発した事件であることなど、ゴーン氏とケリー氏が起訴された日産の金商法違反事件と共通している。通常であれば、公判立会の体制も、捜査を担当した特別刑事部や公判部部長等が加わるなど、相応の体制がとられるはずだが、すべて1人の検事に担当させたのは、最初から公判の結果が検察に不利なものとなることを予想し、責任回避のために公判への関わりを避けたようにも思える。
企業経営者にとって他人事ではない
本件の検察の論告での「惨状」は、経済事件に対する検察の在り方、そして、それを専門機関としてサポートすべき証券取引等監視委員会の在り方に、重大な問題があることを示すものである。
本件のような事件に「日本版司法取引」が悪用されれば、社内抗争が不当な強制捜査、経営者の逮捕などに至る可能性も否定できない。強大な権限を持つ検察官が、一度過ちを犯せば、本件での平田氏のように、一方的に犯罪者扱いされて、その名誉が奪われた挙句、生命の危険にまで晒され、一方で、上場企業の経営が重大な危機にさらされることになりかねない。日本の上場企業にとって、検察の捜査・起訴が、重大な「脅威」となることを示しているのが、今回の事件なのである。
日本の多くの経営者にとって、今回の事件は、決して他人事ではない。
すてきナイスグループの事件に対して、一審裁判所がどのような判断を下すのか、注目して頂きたい。