「バイデン政権」の対中国政策(澁谷 司)

アジア太平洋交流学会会長 澁谷 司

2021年1月20日、米国では「バイデン大統領」が誕生した。(我が国を含め)各国政府やメディアは、「バイデン政権」を“正式”な米政府として認めている。だが、後述するように、「バイデン政権」が機能しているのかどうかについては、大きな疑問符が付く。大統領令を乱発しても、一部の州がそれらを拒否する事例が起きている。また、なぜか「大統領」の一般教書演説は行われない。面妖である。

バイデン大統領 ホワイトハウスHPより

2月10日、「バイデン大統領」は習近平主席と電話会談を行った。同月16日、その件について、「大統領」はウィスコンシン州ミルウォーキーでの集会で、習主席に対し「新疆ウイグル人と香港市民への弾圧、そして増加する台湾への軍事的威嚇についても反対を表明した」。ただし「文化的には、それぞれの国に異なる規範があり、その国の指導者はそれに従うことを期待されている」(2021年2月18日付『大紀元』「バイデン大統領、ウイグル人弾圧を擁護『それぞれの国に規範』ポンペイオ氏が批判」)と語った。

確かに、各国には「文化的に・・・異なる規範がある」。けれども、人権問題は普遍的なテーマではないか。「大統領」は「親中派」と見られていたが、懸念されていた事態が起きたのである。

おそらく習近平政権は「バイデン大統領」発言を聞いて、欣喜雀躍(きんきじゃくやく)しただろう。だが、実際には、北京の思惑通りに進まなかったのである。

ブリンケン新国務長官(バイデン副大統領の元補佐官)は、就任時から“対中強硬論”を唱えた。これは、ポンペイオ前国務長官と全く同じである。前国務長官が、次期政権に対し“タガを嵌めた”とも言える。あるいは、米政府の一貫した外交姿勢だとも言えよう。トランプ前政権の“レガシー”が活きているのである。

「バイデン大統領」は、副大統領時代、少なくとも4回、習近平副主席(当時)と会っている。そのため、「大統領」が習主席と親しいのは間違いないだろう。

他方、「バイデン大統領」の息子、ハンター・バイデンは、ウクライナで国有複合企業である中国華信能源(CEFC China Energy)と深い関わりがあった。かつて「大統領」はハンター・バイデンを通じて、中国華信から多額のカネを受領していたとも言われる。

つまり、「バイデン大統領」は、中国共産党とは極めて密接な関係だった。したがって、「バイデン政権」は対中融和路線へと政策転換するのではないかと考えられていたのである。

しかし、実際の対中政策は180度、反対であった。これは「バイデン大統領」の本音(個人レベルの対中融和路線)と建前(国家レベルの対中強硬路線)の違いとも言えるかもしれない。

周知の如く、問題は「バイデン大統領」が“軍権を掌握していない”点にある。実際の軍権は、トランプ前大統領が握っているのではないか。

一例を挙げれば、「バイデン大統領」は、実際には「核のフットボール」を有していない。目下、米国には「バイデン政権」と「トランプ政権」の二重政府が存在しているのではないだろうか。

これでは、「バイデン政権」が本当に機能しているのか分からない。そのため、「同政権」が、とりわけ外交に関して、トランプ前政権の政策を引き継がねばならない事態に陥っている。

さて、3月16日、外務・防衛担当閣僚(日本側は茂木敏充外務大臣と岸信夫国防大臣、米側はブリンケン国務長官とオースチン国防長官)による「日米安全保障協議委員会」(2プラス2)が外務省内で開催された。

日米安全保障協議委員会(外務省サイトより)

その共同文書では名指しで中国を非難し、日米は武器使用権限を明確化した海警法の施行に対し「深刻な懸念」を表明した。そして、尖閣諸島に関して、米側は「日米安全保障条約」第5条の適用を再確認している。

一方、3月18日・19日、ブリンケン国務長官とサリバン大統領補佐官(国家安全保障問題担当)は、アラスカ州アンカレッジで中国外交トップの楊潔篪、及び王毅中国外相と会談する。

中国側にとっては、ブリンケン国務長官がアジア歴訪後の“帰路”、しかも“米国内”で会談を行うのは、不本意かもしれない。面子が丸潰れだからである。しかし、今の中国経済等の苦境を考えれば、習近平政権は「背に腹はかえられない」だろう。

第1に、米中貿易戦争で対米輸出は落ち込んでいる。中国共産党はこれをある程度、回復しなければならない。同党は国内外の「双循環」経済を標榜しているが、内需を伸ばすのは容易ではないだろう。どうしても外需に頼らざるを得ないのではないか。

第2に、北京は、米国の対中強硬措置―中国企業への抑圧、中国人の入国制限、「孔子学院」の再開、共産党幹部への資産凍結等―を緩和して欲しいのではないか。

第3に、中国は安全保障の面からも「クワッド」(日米印豪)に対応しなければならない。米国との関係が改善されれば、「クワッド」の圧力も弱まるだろう。

澁谷 司(しぶや つかさ)
1953年、東京生まれ。東京外国語大学中国語学科卒。元拓殖大学海外事情研究所教授。専門は、現代中国政治、中台関係論、東アジア国際関係論。主な著書に『戦略を持たない日本』『中国高官が祖国を捨てる日』(経済界)、『2017年から始まる!「砂上の中華帝国」大崩壊』(電波社)等。


編集部より:この記事は一般社団法人 日本戦略研究フォーラム 2021年3月19日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方は 日本戦略研究フォーラム公式サイトをご覧ください。