ドイツ:神父の性犯罪問題と「死人に口なし」

独ローマ・カトリック教会のケルン大司教区で18日、同大司教区内で発生した聖職者による未成年者への性的虐待事件の調査報告書が発表された。同報告書は初めてではない。同大司教区の騒動は、最高指導者ライナー・ヴェルキ大司教(枢機卿)が2017年に実施した調査報告書が「調査方法が十分だ」として公表を避けたことが原因で、同大司教の辞任要求が起き、教会脱会者も急増した。それを受けて、同大司教は自身が任命した刑事弁護士ビヨルン・ゲルケ氏に調査を依頼した。今回、その調査報告書(約800頁)が公表されたわけだ。

▲第2の調査報告書で聖職者の性犯罪を隠ぺいした責任を追及された故マイスナー枢機卿(独ケルン大司教区の公式サイトから)

結論から説明すると、同大司教区で1975年から2018年の間に発生した聖職者の性犯罪を隠ぺいしてきた責任者は3人、1人は元ケルン大司教区で従事した後、ハンブルク大司教に栄転したシュテファン・ヘッセ大司教、そして1987年に亡くなったジョセフ・ヘフナー枢機卿と 2017年7月、83歳で死去したマイスナー枢機卿だという。

ヘッセ大司教は報告書が公表された直後、大司教の地位から辞任する旨をフランシスコ教皇に申し出ている。調査書では独教会の保守派論客として知られてきたヨアンヒム・マイスナー枢機卿の責任が厳しく追及されている。同枢機卿は89年2月、ケルン大司教区の大司教に就任して以来、25年間、ケルン大司教区を主導してきた人物だ。同枢機卿は75歳を迎えた時、教会法に従って辞職を申し出たが、当時のローマ教皇ベネディクト16世の要請で職務を継続してきた経緯がある。

その一方、最初の調査報告書の公表を控えたヴェルキ大司教は聖職者の性犯罪を隠ぺいしてきたという疑惑から一応解放されたかたちだ。ヴェルキ大司教は2014年、マイスナー大司教が高齢を理由に辞職したのを受け、ケルン大司教区の責任者に就任した。当時、多くの信者たちから新大司教の下で教会の刷新が行われるだろうと期待されていた指導者だ。

これでドイツ教会を震撼させてきたケルン大司教区の騒動は幕を閉じるのだろうか。調査報告書では、ケルン大司教区で神父がカトリック系寄宿舎で未成年者に性的虐待を行ったが、大司教区はその事実を隠ぺいするばかりか、不祥事を犯した神父の聖職をはく奪することなく、聖職に従事させていたことが明らかになった。そしてヘッセ大司教を除けば、既に死去した2人の枢機卿が聖職者の性犯罪隠ぺい責任を引き受けることになったわけだ。もちろん、2人の枢機卿は自身への容疑に対して反論できない。「教会にとって理想的な解決方法だ」といった少々皮肉交じりの声が聞かれる。いわゆる「死人に口なし」だ。

独週刊誌シュピーゲル(2月20日号)は「聖職者の性犯罪、それを組織的に隠ぺいしてきた“マイスナー・システム”から“ヴェルキ・システム”に移行しただけで、聖職者の性犯罪の全容解明は行われず、教会は隠ぺいし、何もなかったように装ってきた」と報じた。同誌によると、調査対象は300件以上で、犠牲者数は300人を超え、容疑者は200人以上がリストアップされている。ケルン大司教区では信者、神学者、関係者がヴェルキ枢機卿の辞任を要求してきた。同時に、教会から脱退する信者が増加。昨年1年間だけで約7000件の教会脱退が登録されている。

第2の調査報告書が発表され、聖職者の性犯罪を隠ぺいしてきたと指摘されたヘッセ大司教は18日、「大司教の職務とハンブルク大司教区の障害となることを回避するために自身の聖職から解任されることをフランシスコ教皇に申し出た」と述べている。報告書では、ヘッセ大司教がケルン大司教区の人事責任者の時、聖職者の性犯罪を通知する義務違反など11件の容疑が浮かび上がっている。同大司教は2015年3月14日、ケルン大司教区からハンブルク大司教区に人事されている。隠ぺい容疑に対しては、「自分は聖職者の性犯罪で隠ぺいに関与していない」と容疑を否定する一方、「教会システムの欠陥で生じた問題の責任を担う用意はある」と強調してきた。

調査を実施した刑事弁護士は、「教会では長い間、聖職者の性犯罪を通知するといったことは行われなかった」と批判している。一方、ヴェルキ枢機卿は大司教区に従事する2人、大司教区の元司教総代理の補佐司教と教会司法担当者を解任した。前者は 自身の補佐司教職の辞任をバチカンに申し出ている。その他、1件、通知義務に違反したと指摘されたアンスガー・プーフ司教補佐も19日、調査の全容が解明されるまで停職を申し出ている。

第1回目の調査報告書が公表されなかったために、大司教区内で大きな不信の声が高まったが、その責任者のヴェルキ大司教は今回の報告書では隠ぺいの容疑も見つからず、無罪の判決を受けたような立場となった。同大司教はドイツ公共放送ARDとのインタビューの中で、「聖職者の性犯罪の隠ぺい問題を解明することは重大だった。新たに調査を要請した調査結果には満足している」と述べ、「調査報告書が出た今日、われわれはそれをもとに問題の解決に全力を投入していかなければならない」と語っている。

事件の容疑者の名前は明らかになった。メディアが隠ぺい容疑をかけ、被告席に座ってきたヴェルキ枢機卿は一応、疑いから解放された。これでケルン大司教区の騒動は幕を閉じるが、同騒動で失われた信者たちの信頼をどのようにして回復するのだろうか。誰も自信をもって答える者はいない。ただ、ヴェルキ枢機卿は聖職者の性犯罪を解明する独立委員会の設置を明らかにしているだけだ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2021年3月22日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。