トランプの方が楽だった?日本を悩ます多国間主義

鎌田 慈央

トランプの方が楽だった

最近の日米関係の動向を注視していて、日本としてはバイデン政権よりトランプ政権の方が付き合いやすかったと思わずにはいられない。

トランプ氏 バイデン氏 Wikipediaより

その理由は日本に対して求める対中姿勢の明確性にある。トランプ政権下では、その問題に対して日本は明確な答えを出すことをそこまで求められていなかったと筆者は考える。確かに、トランプ大統領は在日米軍の駐留費だったり、防衛予算の増加などといった形で日米同盟におけるコミットメントの強化を口では要求してきた。しかし、それらの要求が実ったのかといえばそうではない。そして、トランプ氏の衝動的な性格が原因によって、それらの要求は実現される努力がそもそもされていなかったのかもしれない。また、同盟国の力を極力借りずに自国の力だけで問題可決を図ろうとする「自国第一主義」の外交政策を彼の政権が採用していたことも大きな要因の一つだ。

それもあってか、日本を巻き込んだ形で中国に対して圧力をかける必要性に日本は迫られず、米中間の双方に良い顔をする、悪く言えば八方美人であることができた。また、そのおかげで、政治家たちも選挙などでコミットメントの強化から派生する難しいお願いを有権者に対してせずに済んだ。

しかし、バイデン政権に変わり、アメリカが価値観を重視する多国間主義の外交に戻ったことによって、日本は過去4年間で考えなくても良かった現実に迫られている。中国の人権問題との向き合い方である。バイデン政権は人権問題に対しては政権発足当初から積極的な姿勢を見せている。トランプ政権が批判を控えていたサウジアラビアのムハンマド氏皇太子がジャーナリストの殺害に関与したことに言及する報告書を公開し、軍事クーデターが発生したミャンマーでは他国に先駆けて抗議の意味も込めた制裁の発動を発表した。そして、人権重視の姿勢は中国に対しても一貫している。

バイデン政権はトランプ政権末期に決定されたウイグル自治区での人権侵害がジェノサイドであるという認定を継承しており、先日行われたアラスカでの米中外相会談では公式に中国の人権問題の扱いを非難している。そして、日本にとって厄介なことはアメリカが多国間主義を用いて中国の人権問題の改善を図ろうとしていることである。

日本の選択肢を狭める多国間主義

アメリカが多国間主義を採用するということは、アメリカが同盟国と連携しながら自国の国益の最大化を図るということであり、すなわち、同盟国に特定の役割を求めるということである。さらに、特定の役回りを要求されるということは、同時に曖昧な態度を許されないことを暗示している。

トランプ政権のように何がなんでも自分で全部やるんだ、という政権であればそうような要求はされず、日本は自国の都合にあった外交をすることができた。しかし、バイデン政権のように多国間主義を利用して外交を進めていく政権は中国や人権問題といった日本が極力首を突っ込みたくない事柄にも平気で日本を巻き込もうとする。そして、それは日本の外交が取ることができる選択肢を狭める結果につながり、そういう意味でバイデン政権よりトランプ政権の方が都合が良かったとするのが筆者の見解である。

内堀を埋めるバイデン政権

しかし、外交の選択肢が狭まるといっても、アメリカが喜ぶ選択肢が減るだけであって、外交政策を遂行する上で選べる既存の選択肢が全く無くなるわけではない。つまり、バイデン政権が特に人権問題で日本が中国に圧力を加えるように要請したとしても、理論上はそれを断ることができるし、従来通りの対中政策をこのまま実施していくことも可能である。

一方で、バイデン政権が日本に送っている秋波を考慮に入れたときに、既存の対中政策をこのまま維持できるのかが甚だ疑問である。バイデン政権は初の閣僚の外遊先として日本を選び、バイデン政権が対面で会う初めての首脳が菅総理に決定することで、中国と対峙していく中で欠かせない存在となる日本の協力を引き出そうとしている。この厚遇に対して日本が見返りをアメリカに与えないということは外交礼儀上あり得ないし、そうなれば日米関係にひびが入ることにつながる。まして、中国の台頭によって国家の生存が脅かせる恐れがあり、且つアメリカの拡大抑止に深く依存している日本にとって日米関係が良好であることは必須条件である。

もし、バイデン政権がそう見越した上で日本への一連の対応をしていたとなれば、狡猾さをうかがえると同時に、トランプ政権に無かった洗練さが現在のアメリカの外交政策に反映されている気がしてならない。

それでも独自路線を貫くのか?

だが、いくらアメリカが言ったとしても、たとえ日米関係に影響があったとしても、日本独自の外交を貫くべきだという意見もあるであろう。しかし、日本が他国からどう見られるかを考えたときにその意見にはあまり賛同できない。

現在、安全保障、人権の面で中国に圧力を加える世界規模の動きが出てきている。その中で日本が曖昧な態度を取ることは、日本が中国の脅威をなんとも思っておらず、人権を軽視する国だと他国が思うことにつながるかもしれない。そう他国が思い出したら、それは情けないことである。

そうではなく、日本は世界の安定と平和を願う平和主義の国なのだ、人権という概念が普遍的なものになるために貢献する国である、などと思われたいのなら、バイデン政権の難しい要求に真摯に向き合う必要があり、より曖昧性を脱した明確性がある対中政策が求められる。