葬儀屋はなぜヒーローになれないか

スイス放送協会のウエブサイト「スイス・インフォ」からニュースレター(3月10日付)が届いた。その中にコロナ禍で遺体を運び、埋葬、火葬する葬儀屋の現況を報道した記事があった。コロナ禍で自身の感染リスクも顧みず、患者をケアする医師や看護師は英雄と称えられ、他の営業が閉鎖されている時も国民の食糧や日用品を販売しているスーパーの従業員に対しても感謝の声が聞かれるが、コロナ感染で亡くなった患者を運び、埋葬する葬儀屋さんに対しては感謝の声は聞かれない。スイス・インフォの記事は「葬儀屋はコロナ禍でなぜ英雄でないのか」を問いかけているのだ。

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欧州で最初に感染が拡大したイタリア北部ロンバルディア州のことを思い出す。コロナウイルスが猛威を振るい、多くの死者が連日、病院から葬儀場に秘かに運ばれていく。死者の数が多く、埋葬の場所がない。軍トラックで他の州に転送される写真が掲載されていた。医療は崩壊し、集中治療用ベッドもなくなり、どの患者に酸素呼吸器を提供するかを決定しなければならない医師たちは苦悩し、若い医師が病院のフロアに崩れ落ちて涙を流すシーンを撮った写真を見た。

新型コロナは感染病だから、遺族関係者は亡くなった家人との一切のコンタクトが厳禁される。新型コロナの場合、妥協を許さないほど非常に厳格だ。新型コロナ患者は重症化した場合、集中治療室で人工呼吸器のお世話になる。不幸にも亡くなった患者は、家族、友人、知人に「さようなら」をいう時間すら与えられず、素早く火葬され、埋葬される。

葬儀には、社会・地域で長い歴史を通じて培われた文化的内容が刻印されている。死者は厳粛な葬儀の洗礼を受けて旅立つ。しかし、中国武漢市で発生した新型コロナウイルスは新しい「死」を生み出したわけではないが、「死」を迎えた人と生きて送る人との別れの時を奪い取ってしまった。酷な業だ。

オーストリア代表紙プレッセの科学欄(昨年4月25日付)は「新型コロナはウィルスで人を殺すだけではなく、残された遺族関係者には心的外傷後ストレス障害(PTSD)を与える」と述べている。PTSDはベトナム戦争やイラク戦争帰りの米軍兵士によく見られたが、新型コロナの場合にも遺族が死者との関係を断ち切られることで、消すことが出来ない精神的ダメージを受ける(「新型コロナは『人と死者』の関係断つ」2020年4月29日参考)。

そのような状況下で、葬儀屋は感染リスクを顧みず、埋葬、火葬の責任を担当してきた。スイス・インフォは「葬儀屋は感染リスクに晒されながら最前線で貢献してきた。コロナ危機発生から1年経った今も、市民から拍手が送られたり、公に感謝の意を表されたりすることはない。一体なぜなのか?」と問いかける。その問いかけは決して僻みでも不平不満でもなく、葬儀屋さんの偽りのない現状だというのだ。

「本来であれば遺族にしてあげられるはずのサポートを提供できないことが、葬儀屋自身をも不安にさせる。コロナ禍で公的に英雄視されないこと以上に、遺族関係者に対し葬儀のプロは負債感を持っている」という箇所を読んだ時、心が痛くなった。

スイスの歴史学者ニック・ウルミ氏は、「この仕事で一番苦労するのは遺体の準備や埋葬・火葬ではない。遺体に触ることにはすぐ慣れるが、痛みや悲しみに慣れることはない。これはこの仕事をする限りつきまとう課題だ。葬儀屋の従業員は、皆口を揃えてそう言う」と証言している。

欧州では感染リスクの職種に従事している国民が優先的にワクチン接種を受けるが、スイス連邦内務省保健庁(BAG/OFSP)はCOVID-19のワクチン接種優先グループから葬儀屋を外したという。それに対し、スイス葬祭業協会(SVB)のフィリップ・メッサ会長は、「我々は感染のリスクに晒されている。非常に残念だ」と嘆いている。この決定はコロナ禍で従事する葬儀屋さんの仕事が社会の認知を受けていないことを意味するだけに、辛いだろう。

そこで今回のコラムのテーマだ。なぜ葬儀屋さんは社会的認知を受けないのだろうか。人間は死ぬ存在だ。だれにも等しく死が訪れてくる。その一方、死は久しくタブーの世界に追いやられてきた。だから、死を取り扱う葬儀屋さんの存在もあたかも存在しないかのように受け取られてきたのではないか。葬儀屋さんの職務が公の場で感謝されたり、英雄扱いされることは本来、考えられないのかもしれない。それ故に、といったらおかしいが、スイス・インフォの今回の記事は葬儀屋さんの現状を伝える貴重な証言だ。

読者の中には日本の映画「おくりびと」(2008年、滝川洋二郎監督)を観られた方も多いだろう。そこでは納棺師の苦悩や日々が描かれ、多数の映画賞を獲得した作品だ。日本の納棺師とスイスの葬儀屋さんには文化、風習の違いがあるが、共通点もあるはずだ。ちなみに、同映画は第81回アカデミー賞外国語映画賞を受賞している。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2021年3月27日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。