このコラム欄で「中国高官の『ゴールデンパスパート』」(2020年8月31日)というタイトルのコラムを書いたが、どうやらゴールデンパスポートだけではなく、「裸官」と呼ばれる亡命予備軍が中国共産党のトップ層にいて、彼らは家族を米国に出国させ、子供たちを米国の大学などで勉強させ、いざという時、いつでも米国に亡命できるように準備しているというのだ。中国語ではそれを「裸体官員」(略して「裸官」)と呼ばれ、彼らの多くは中国本土で単身仕事をし、「Xデー」に備えているというのだ。
中国共産党幹部たちが共産主義のもと一致団結しているとは考えていなかったが、これほど欧米社会に憧れている党幹部がいるとは思っていなかった。江沢民国家主席が1999年、気功集団「法輪功」の弾圧に乗り出した直接の原因は、共産党員の数より法輪功メンバーの数が多くなってきたことへの危機感からだ。中国共産党の党員数は9000万人といわれているが、法輪功信者数は当時、1億人を超えていた。その数は年々増加し、共産党員の中にも法輪功の教えを実践する者まで出てきた。
中国共産党幹部の中で、今もマルクス・レーニン主義を信じている者は少なく、「中国共産党党員証」より「国営企業幹部の名刺」を自慢げに見せる党幹部が増えてきたことはこのコラム欄でも何度か紹介した。将来の政治異変(中国共産党政権の崩壊)に備え、財産を秘かに海外の銀行口座に移動させる一方、家族関係者には海外の国籍を獲得させるなど、中国脱出(エクソダス)計画を着実に進めている中国共産党幹部が増えてきているのは当然かもしれない。中国共産党は今年7月、党創立100年を迎えるが、党内の実情はかなり厳しいのではないか。
その思いを改めて感じさせる記事が海外中国メディア「大紀元」(4月13日)に掲載されていた。中国共産党外交問題の専門家、楊潔篪共産党政治局員が実は「裸官」だったというのだ。楊氏といえば、米中アラスカ会合で外交プロトコールを無視して米国の中国政策を酷評した人物として米メディアでもその名前が改めて知られた。その楊氏の家族(妻と娘)は10年前から米国に住んでいるという。もちろん、亡命者としてではなく、豪華なマンションで優雅な生活を送り、娘はイェール大学で勉強しているというのだ。
米国をこき下ろす楊潔篪氏が自分の家族を米国内の高級マンションに住まわせているという事は何を意味するのだろうか。同氏が酷評したように米国が人権も尊重されていない社会とすれば、どうしてその社会に妻と娘を住ませることが出来るだろうか、という素朴な疑問が出てくる。
大紀元によると、楊氏はアラスカでの米中会議に参加した後、イェール大学に通っている娘を訪ねている。大紀元日本語版からその箇所を紹介する。
「楊潔篪氏の娘、楊家楽(AliceYang)氏は現在、イェール大学に通っている。ニューヨーク州政府の公開資料によると、アリス・ヤン氏は2010年9月以来、イェール大学から130キロ離れたニューヨーク市マンハッタンの2つの住所を持っている。いずれもニューヨーク中国総領事館から数百メートルしか離れていない一等地にある。1つは、リバービュー高層マンションの一室で、購入日は2011年9月1日、購入価格は178万ドル(約2億円)。2015年8月から入居しているもう1つの高級タワーマンションは、2014年11月7日に166万ドル(約1.8億円)で購入したもの。2つの邸宅の所有者はそれぞれYanJingboとHeZheとなっている。共産党高官の個人情報を晒すウェブサイト『孤児展覧館』によると、YanJingboはアリス・ヤン氏の夫だ」
これは驚くべき情報だ。米中会合で米国を徹底的に糾弾する戦狼外交を展開させた本人の家族は久しく米国に住んでいて、米国文化を堪能しているというのだ。そして楊潔篪氏は中国本土で単身で生活している。何の為だろうか。
考えられるシナリオは2つだ。①中国共産党政権が崩壊した日に供え、脱中国の準備か、自身が党内で失権した時のため、②妻と娘は中国共産党が直接主管するスパイ工作員。当方は大紀元の「裸官」説より、②のシナリオ「スパイ」説がより現実的ではないかと考えている。
楊氏ほどの幹部ならば、その言動は全て共産党が掌握しているはずだからだ。だから、楊氏は共産党の指示のもと動いていると受け取るべきだろう。外的には「裸官」生活を送っているようだが、楊潔篪氏は表で外交問題を扱い、家族が裏でそれを支援しているという構図だ。ただし、大紀元のいうように「裸官」説は完全には排除できない。
ゴールデンパスポートのコラムでも指摘したが、同旅券をキプロスで秘かに購入する中国高官は中国共産党の最高意思決定機構、全国人民代表大会(全人代=国会に相当)と政府の諮問機関である全国人民政治協商会議のメンバーが多い。習近平国家主席はマルクス・レーニン主義を唱えていても効果がないことを知っているため、独自の習近平思想を構築し、国民には愛国心を訴えているが、党幹部たちは共産党政権の崩壊の日(Xデー)に備え、秘かに「ゴールデンパスポート」を購入しているわけだ。
大紀元は「中国共産党には、妻や子供、資産を海外に送り、1人で国内に残って役人を務める『裸官』が多くいる。中国当局は、共産党幹部の財産や裸官に関する内部統計を持っているが、それを内部の権力闘争の駆け引き材料にしており、国民には開示していない。2010年の全人代で、同代表で中央党校教授の林喆氏が、1995~2005年までの10年間で、中国に118万人の『裸官』がいたことを漏らした」という。
習主席は外交、軍事分野で強硬路線を推進しているが、それは共産党内部が大きく揺れ動いていることへの焦りと内部結束を促す戦略かもしれない。蛇足だが、楊潔篪氏が米中アラスカ会合で15分余り米国批判を一方的に連発させたのは、バイデン新米政権へのメッセージというより、北京にいる習近平主席への忠孝を示すパフォーマンスではなかったか。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2021年4月16日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。