ミャンマー問題 私見

ミャンマー問題が泥沼化しています。2月1日に国軍がクーデターを起こし、アウンサンスーチー国家顧問を含む政府の幹部を拘束しました。その後、国軍による度重なる市民への威嚇で死傷者はうなぎのぼりとなっていますが、なぜ、解決策が上がってこないのでしょうか?

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本論に入る前に、私はアウンサンスーチー氏の手腕について低評価であり、ロヒンギャ問題の時にはかなり厳しいコメントを出させて頂きました。彼女に国民的人気がある一つの理由は1991年にノーベル平和賞を受賞したことが大きいと思います。国内が貧しく、不安定な中、ノーベル賞受賞者はその国において英雄となるのはナチュラルです。中身はともかく、「偉い人」という扱いになってしまうのです。

平和賞は政治的背景を理由に受賞者が決まることも多い中で民主化という明白なメッセージをもったノーベル平和賞は彼女に箔をつけたのです。ただ、彼女の政治家としての手腕は稚拙であり、いわゆる国民の象徴としての役割に徹すればよかったのです。

2010年に軟禁から解放され、政治活動を再開するわけですが、彼女は憲法59条の「外国とのかかわり」の項により大統領になれません。そこで「自らは大統領より上の存在になる」「新大統領には権限はなく、自らが政権運営を行う」(プレジデント)とするわけです。これはいかにも自分の名声を主体に考えているとしか理解されません。

アウンサンスーチー氏はロヒンギャ問題でほぼ何も解決できず、むしろ世界からは大きな失望を買いました。1989年にアムネスティが彼女に与えた最高の賞である「良心の大使賞」もカナダで外国人では6人にしか与えられていない名誉市民号もはく奪されました。欧米社会で「はく奪」ほど厳しい措置はなく、それは「不作為の過失」であります。つまりこの時点で彼女が指導的立場にいることが失格となっているわけで同国としては対応を考えなくてはいけなかったのです。

ところがアウンサンスーチー氏は居座ったのです。これがこの国を空回りさせた基本的背景であります。

もう一つはロヒンギャ問題は宗教問題ともいえ、同国の主流である仏教に対してロヒンギャのイスラム教が対立関係になったことは根深いものと言えましょう。それゆえに隣国のイスラム国家であるバングラディッシュに難民として向かったわけです。これでは中国における新疆ウイグル問題と大差なく、欧米諸国がミャンマーを積極的に支援できる大義名分が存在しなくなってしまうのです。

一方、同国を取り巻く地政学的問題はより複雑です。一つは中国の影響であり、軍部に対して中国、およびロシアが支持をする体制となっています。これは中国の政策方針からすれば願ったり叶ったりであり、そう簡単にこのチャンスを手放すことはないでしょう。他方、インドにとっては仏教国という意味での取り込みはあるでしょう。同様に隣接するタイも同じ仏教という切り口はありますが、こちらも軍部が実質的に政権を握っていることで軍部同士のつながりが生まれています。

国連管理にするにしても中国、ロシアが反対するわけでこれも不可能であり、案外、綱引きの厳しい試練はすぐに終わりそうにないというのが私の理解です。

私の見る国際情勢は今のミャンマーを救う手立てを無くしてしまったとみています。それは外交関係があまりに複雑で各国のインタレストをグループ化し、判断をしにくくしてしまったのです。更には中国主導によるアセアン諸国内部の分裂工作も進み、中国派とミャンマー不干渉派グループに分かれています。その間、ロシアはミャンマー軍に兵器を供与します。欧米は制裁方針、中国、ロシアは軍部支持となれば泥沼化していると断言してよいでしょう。

今さらの話ですが、アウンサンスーチー氏に頼り切った同国の今日までの国政がそもそもの失策でした。一方、欧米諸国は「民主化」という切り口と海外留学の経験から英語ができる彼女をうまく取り込んだことが今回の顛末ではないでしょうか?タイがクーデーターから形の上での民政になるのに5年(実質は今でも軍の支配下)かかったことを考えればミャンマーの春は当面お預けにしか見えません。

では今日はこのぐらいで。


編集部より:この記事は岡本裕明氏のブログ「外から見る日本、見られる日本人」2021年4月16日の記事より転載させていただきました。