毎年3月から4月にかけて約1か月間、上野エリアの複数の会場で開催されるオペラとクラシックの祭典『東京・春・音楽祭』。
昨年、2020年3月も、上野の桜の賑わいとともに音楽祭がスタートするはずだったが、世界的なコロナ感染症の影響で予定されていたほとんどの公演が中止。2021年は3月に無事スタートを切ったが、海外アーティストの渡航規制で予定されていた70近くの公演の約3分の1が中止となり、オペラ・ファンにとっては、とりわけワーグナー『パルジファル』とプッチーニ『ラ・ボエーム』(2演目とも演奏会形式)がなくなってしまったことが残念だった。
招聘アーティストについては、ぎりぎりまで交渉が行われていたケースも少なくなかったという。バイロイト音楽祭総監督のカタリーナ・ワーグナーもその一人で、バイロイト音楽祭との提携による全5回の『子どものためのワーグナー《パルジファル》』はすべてリモートによる演出で準備が行われた。
邦人アーティストのリサイタル公演や、在京オーケストラによるコンサートはほぼ予定通り行われ、東京都交響楽団と名匠シュテファン・ショルテスによるモーツァルト「レクイエム」などは特に感動的な出来栄えであった。
パンデミックによる試練を受けた『東京・春・音楽祭』は、逆境に強い音楽祭だったことを証明した。インターネットによるストリーミング配信にも素早く対応し、2021年は全公演の配信チケットを販売。日本からの配信のみならず、ベルリン・フィルとの協力でメータ指揮の演奏を無料配信するプランも遂行した。
音楽祭の目玉公演のひとつであった、リッカルド・ムーティ指揮『マクベス』(演奏会形式)は、ムーティ氏の来日が叶ったことで上演可能となり、ムーティ氏隔離中にリモート会見も行われた。ムーティ指揮の2回のオペラ公演と2回のオーケストラ・コンサートのほか、氏が指導する「イタリア・オペラ・アカデミー」の指揮受講生による「若い音楽家による《マクベス》(抜粋)」も予定通り開催される。
4人の若い指揮者を指導した4/10から4/16までのリハーサルは無料で連日配信が行われ、午前中から夕方までの稽古の間ずっと語り、歌い、厳しい言葉とユーモアでオペラを作り上げていくマエストロは、まるで80歳の「青年」であった。
ムーティはオペラのスコアに対しては厳密な原典主義を貫き、「スター歌手が隆盛した時代に勝手にカットされた部分」もすべて演奏する。聴講生とのリハーサルでは、「指揮者はただ演奏するのではなく、劇場全体のアイデンティティを作る役割がある」という言葉も出た。若い音楽家に多くの「本質」を伝えたいと願う情熱が、連日の稽古から溢れ出していた。
コロナ禍で多くのイベントの予算が逼迫し、「READY FOR」などの寄付システムによって公演を実現するケースも増えているが、『東京・春・音楽祭』はもともと、東京から新演出(オペラ)作品を世界へ発信しようしたのがきっかけで考案され、「街の人が誇りに思うような音楽祭を」と公的助成を頼らずに開催されていた。その想いは上野の商店主や文化施設、企業のトップにも浸透、仲間が増えていったのだった。
つまり、最初から営利目的ではなく、音楽ファンへのプレゼントのような催しとして続けられている音楽祭なのだ。危機的状況にあってもこの文化事業を続けようとする気高い姿勢には、計り知れない騎士精神を感じる。人間の本質的な「豊かさ」とは何かを感じさせる素晴らしい音楽祭は、あと一週間ほどで幕を閉じる。いずれも2021年のハイライト的な公演。ぜひ足を運びたい。
■ リッカルド・ムーティ指揮『マクベス』演奏会形式・字幕付き
2021年4月21日(水)18:30開演 東京文化会館大ホール
合唱指揮:キハラ良尚
ライブ・ストリーミング配信チケット ¥2,500
■ リッカルド・ムーティintroduce 若い音楽家による『マクベス』(抜粋/演奏会形式/字幕付き)
2021年4月20日(火)19:00開演 ミューザ川崎シンフォニーホール
合唱指揮:キハラ良尚
ライブ・ストリーミング配信チケット ¥1,500
2021/4/22 [木] 19:00開演(18:00開場)ミューザ川崎シンフォニーホール
管弦楽:東京春祭オーケストラ
交響曲第41番 ハ長調 K.551 《ジュピター》
2021/4/23 [金] 19:00開演(18:00開場)紀尾井ホール
管弦楽:東京春祭オーケストラ
交響曲第41番 ハ長調 K.551 《ジュピター》