ワクチン接種のリスクはそのメリットより大きいか

池田 信夫

大阪でコロナ感染が増えたことをきっかけに、東京都・大阪府・兵庫県に緊急事態宣言が発令される見通しになったが、これは何を根拠にしているのか。

人の移動を止めても感染は止まらない

たしかに大阪府の新規感染者数は3月下旬から激増したが、その原因は不明である。次の図のように、4月5日に大阪府に蔓延防止措置が出ても、感染の拡大は続いている。

これを「マンボウではだめだからもっと強い緊急事態宣言が必要だ」と考えて大阪府は緊急事態宣言を政府に要請したわけだが、上の図のようにマンボウで人の移動は止まった。問題は人の移動が減っても感染が減らないことだ。

では大阪で何が起こっているのか。3月中旬から始まった感染の急増とほぼ同時に行われたのが、ワクチン接種である。接種が医療従事者に始まったのは3月上旬だが、そこから2週間ぐらい遅れて感染が激増している。

全国のワクチン接種回数の推移(日本経済新聞より)

ABO FANブログが都道府県別にワクチン接種と感染の相関をとったデータでは、東京と大阪が突出して多く、感染も多い。相関係数は0.86と高いが、これだけではワクチンの副反応との因果関係はわからない。ワクチン接種と同時に発生した他の原因による「有害事象」かもしれない。

ABO FANブログより

ワクチン接種を急ぐ必要はない

世界に先駆けて急速にワクチン接種を行ったイスラエルやイギリスで急速に感染が減っていることは事実だが、それ以外のワクチン接種国では、それほど劇的に減っているわけではない。インドでは、ワクチン接種の始まった2月から大きく感染が増えている。

ワクチン接種国のコロナ陽性者数(Our World in Data)

もう一つわかるのは、感染の減ったイスラエルやイギリスの感染率は日本とほぼ同じだということである。もともと感染しにくい日本人がワクチンを打つメリットは少ないが、社会的にはワクチン接種で多くの人が抗体をもち、集団免疫を実現することが望ましい。

これは共有地の悲劇で、ゲーム理論でおなじみの(多人数の)囚人のジレンマである。日本人(特に若者)にとってはワクチン接種のリスクはメリットより大きいので、部分最適(支配戦略)はワクチンを打たないことだが、誰も接種しないと感染は止まらない。

このゲームで個人が合理的で完全情報だとすると、全体最適(パレート支配戦略)を実現する方法はないが、個人は合理的ではないので実現は不可能ではない。簡単な戦略は、政府がワクチンのリスクを過少評価する情報操作(ナッジ)である。

特に日本のようにゼロリスク・バイアスの強い国では、政府が正しいリスクを公表すると、マスコミがそれを誇大に報道して人々がワクチンを忌避し、HPVワクチンのような悲劇をまねきかねない。

だから政府がワクチンのリスクを過少評価することは合理的だが、感染拡大の原因が行動制限の不足だというのは事実に反する。緊急事態宣言で飲食店をスケープゴートにしても、感染は止まらない。ワクチン接種の対象は高齢者に限定し、状況をみながら進めるべきだ。