消えていく値引き交渉の文化

「勉強しまっせ」といえば「引っ越しのサカイ」というわけではなく、国語辞典を引けば「値引きをする」という立派な意味があります。値引き交渉の文化は日本に広く伝わりますが、大阪商人がそのセンターステージに立っていると言ってよいのでしょう。イメージ的に言えば電卓やスマホではなく、そろばん片手で交渉に応じる感じです。売り手の提示金額を待つその数秒がやけに楽しかったりするものです。

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東京エリアではあまり値引き交渉はしないとされますが、上野アメ横あたりに行けば「おじさん、まけてよ」という声は聞こえてきます。そして一番有名なのが家電量販店での値引き交渉だと思います。最近は私も買わないのでわかりませんが、いわゆるまとめ買いをすると案外「もうひと息」以上のものを引き出せます。

一方、東京の人は「格好つけ」なので値引き交渉そのものがチープだと考える方もいます。東京でそんな交渉をしていると「恥ずかしいからやめてよ」と奥方に言われるのが落ちかもしれません。ただ、言うのは無料です。私も以前、東京のデパートでほんのちょっとだけ傷のあるカバンが現品限りだったこともあり、2割以上値引きしてくれたことがあります。

海外では値引きの交渉はどうでしょうか?アジア地区は特に多いと思いますが、北米で値引き交渉はするのでしょうか?さすが一般店ではあまりしませんが、ビジネスでは交渉に次ぐ交渉です。あからさまにディスカウントしてくれ、とは言わず、Let’s make a deal 的な発想、つまり、ディールですから双方にメリットのある形でもう少し条件を見直そうじゃないか、というものです。例えば支払い条件をよくする代わりに値引くというのはあります。またクレジットカード払いの代わりに現金払いにするというのもあります。(クレジットカード払いの場合、3%程度コストがかかるので現金取引で1%値引きしてもらうのは引き出しやすい交渉の一つです。)

ところがこの値引き文化はオンライン取引と共にどんどんなくなってきています。アマゾンなり楽天なりでオンラインショッピングする際、提示された金額に「もっとまけろ」という人はいません。1円単位できちんと払います。このオンライン商法はある意味、よき文化だった値引き交渉が消えていくともいえるのです。

例えば若い方に「値引き交渉したことありますか?」と聞けばメルカリでやったことはあるという人は案外多いと思います。そう、オンライン上ならば相手の顔が見えないので恥ずかしくなく、ちょっと聞いてみようという気になるようです。ですが、店の人に面と向かってとなると「どうやったらいいかわからない」という人がほとんどだと思います。

価格付けというのは3通りあります。1つ目は汎用品と称する一定量以上の生産物に対してコスト計算がされた商品、2つ目は季節商品、生鮮品など賞味期限や販売期限があるもの、3つ目が注文品です。本質的に値引き交渉が難しいであろう家電や自動車販売で値引き交渉が日常的に行われていますが、これは販売奨励金や仕入れコストの違いによるもので他社が追い付けないほど値引きをすることでライバルを蹴落とすのです。しかし、メーカーからすれば原価計算に基づいて設定した価格なのに値引き圧力にされされるのは本望ではないのでしょう。

2つ目の生鮮品や衣料など賞味期限、季節性、流行性商品の値引きはやむを得ないと同時にもったいないと思う部分があります。衣料は半分近くが売れ残るとされ、それが焼却処分されています。つまり新製品を正札で売るのはほんのわずかの期間ですぐに値引きが始まり、最後はアウトレットなどに流し、それでもだめなら煙と化すのです。

ちなみに衣料がなぜ余るのか、と言えば作りすぎ以外の何物でもありません。1990年の衣料供給は約12億点、それに対して需要は11.5億点でしたので売れ残りは0.5億点でした。2019年は供給数が28.5億点で需要が13.7億点です。需要が多少増えているのは家庭のストックが若干増えたことが理由だと思いますが、人口が減っているのに洋服の供給数が2倍以上になっているのです。これでは消費者が値引きしろとお願いする前に供給側が安くするから持って行ってくれという状態であります。

3つ目の注文品の価格ほどいい加減なものはありません。これは競争原理が働かなくなるので適正利潤と称して2割乗せ3割乗せが当たり前になるのです。建築業界では例えば本体工事は入札や相見積もりといった競合上、それなりの価格を出しますが、追加工事は5割乗せぐらいは平気でしょう。この業界は追加工事で儲けるのが常識なのです。なぜなら顧客は絶対に浮気しない、つまりいやでもその追加金額を受けざるを得ないからなのです。

自動車がオンライン販売に変わりつつあります。テスラに次いでボルボがそれに転じます。この趨勢は止まらず、5年ぐらいのうちに日本の自動車メーカーもそうせざるを得なくなるかもしれません。本は販売店とのしがらみが強く、そう簡単に割り切れないので時間がかかりますが、海外はドライですので輸入車が国内でオンライン一斉販売となれば日本のメーカーは太刀打ちできなくなるでしょう。アメ車などは日本での販売ルートが実質なくなっているので大チャンスだと思います。

値引きがなくなるのは日本経済にとっては良いことです。過去20年以上、激しい価格競争で利益水準を落とすことを厭わず、シェア争いに賭けていたわけですからこれが是正されればよい商品が妥当な価格で取引されるようになり、「価格見合い」ということが起きやすくなるでしょう。

とはいえ消えていく値引き交渉、これも時代の趨勢とはいえ一抹の寂しさがありますね。

では今日はこのぐらいで。


編集部より:この記事は岡本裕明氏のブログ「外から見る日本、見られる日本人」2021年4月25日の記事より転載させていただきました。

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会社経営者
ブルーツリーマネージメント社 社長 
カナダで不動産ビジネスをして25年、不動産や起業実務を踏まえた上で世界の中の日本を考え、書き綴っています。ブログは365日切れ目なく経済、マネー、社会、政治など様々なトピックをズバッと斬っています。分かりやすいブログを目指しています。