コロナ禍2年目の「労働者の祭典」

5月1日はメーデーだ。「労働者の祭典の日」として世界各地でこれまで祝われてきた。アルプスの小国オーストリアでも毎年、ウィーン市庁舎前広場で社会民主党が「労働者の祭典」を祝うイベントを挙行したが、今年は昨年同様、ネットでウィーン市のルドヴィク市長らの演説が行われただけで、労働者の市内行進もなかった。その理由は明らかだ。猛威を振るう中国発新型コロナウイルスの感染防止のためだ。寂しい「労働者の祭典」はオーストリアだけではない。欧州各地も程度の差こそあれ、同様だ。「労働者の祭典」を労働者の手から奪ったのは新型コロナウイルスだ。

コロナ禍が提示した仕事と家庭のバランス 独連邦経済エネルギー省公式サイドより

ところで、“労働者の味方”と受け取られてきたカール・マルクス(1818~83年)が欧州の寂しいメーデーの風景を見たらどう感じるだろうか。マルクスが生きていた時代の「労働者」は21世紀の今日、少なくなってきたし、その意味する内容も変わった。マルクスは初期資本主義の労働者搾取に憤り、労働価値説などの理論を構築した学者というより、叔父の遺産を夢見ながら、暖かい書斎で資本論を書いた人間であった。

マルクスは1852年、エンゲルス宛の手紙の中で「労働者ほど完全にバカな存在はない」と述べ、労働者をEsel(ロバ)と蔑視する一方、遺産を残す可能性のある叔父が早く死んで自分のところに金が入ってくることを願っていた。マルクスはエンゲルス宛の書簡の中で本音を吐いている。マルクスにとって「資本論」の中では「労働者」は重要な役割をを果たしているが、マルクス自身、労働者の生活を知らなかった。労働者の実態を知らないのに労働者の味方のように振舞っている自称・マルクス主義者はマルクス死後も多く出てきたことは周知のことだ。

21世紀の労働者の世界に戻る。コロナ禍で多くの人々のプライベートな生活環境は変わった。労働状況も激変した。多くの労働者は職場を失い、仕事を失わなかった労働者は時短労働の条件下で辛うじて生活を維持している。その一方、昨年3月からオフィス・ワーカーはホーム・オフィスと呼ばれる自宅で仕事するケースが増えてきた。ドイツの場合、その割合は65%になるという。

興味深い世論調査が報じられていた。ドイツの大手ガソリンスタンド・チェーン「HEM」はドイツ人が将来、どのような職場を願っているかというテーマで、18歳以上、オフィス・ワーカーの2773人を対象に調査している。それによると、コロナ禍の労働状況に満足している者は5人に1人に過ぎず、約78%は通い慣れたオフィス風景、会社の同僚たちに会えなくなったことに寂しさと不満を感じている。それだけではない。オフィス・ワーカーの3人に1人は「コーヒー・タイム」を懐かしく感じているというのだ。自宅でいつでもコーヒーを飲むことができる環境にいても、職場の休み時間に同僚とインスタント・コーヒーを飲みながら世間話をしていた休み時間が懐かしく感じるというわけだ。

コロナ禍のホーム・オフィスが将来も続くことを願っている人は12%に過ぎず、59%は社会的コンタクトが減少することを恐れている。3人に1人は自宅と職場の分離を願い、58%はホーム・オフィスでは仕事の雰囲気がないと不満に感じ、46%は情報の交換が難しいと嘆いている。一方、ホーム・オフィスの利点は会社までの通勤時間が節約できること、時間を自由に分けて利用できることなどが挙げられている。

「労働者と生産性」の問題では、ホーム・オフィスの場合、21%は「生産性が高まった」と感じ、20%は「集中して仕事ができない」と不満を持っている。同時に、4人に1人は仕事の成果が自宅での勤務結果で測られるから「より働かなければならない」といったストレスを感じるという。仕事の成果で上司に弁解ができなくなる、という圧迫感だろう。

コロナ禍が過ぎ去った後、どのような職場を願うかという質問に対して、50%は同僚をコンピューターの画面だけで見、24時間、自宅で仕事をすることを願っていない。40%は、常にコンピューターでどこでも仕事ができ、自宅と職場のバランスを取り、週に、2、3回ホーム・オフィスという環境を理想と受け取っている。43%は、同僚とフェイス・ツー・フェイスで話し、議論し、笑うことができる職場を重要と考えている、といった具合だ。

コロナ禍が終わったとしても近い将来、人工知能(AI、ロボット)の雇用市場進出がこれまで以上に進んでいくだろう。AIに職場を奪われるといった悪夢に悩まされる労働者が出てくるだろう。マイクロソフト社が開発した学習型人工知能(AI)Tayが、「大きくなったら神になりたい」と答えた話をご存知だろう。バチカンがTayの願望を聞いたら腰を抜かすかもしれない。AIはディープラーニング(深層学習)と呼ばれる学習を繰り返し、人間の愛や憎悪をも理解できるようになっていく。英国の天才的数学者アラン・チューリングの夢だった“心を理解できる人工知能(AI)”はもはや夢物語ではなくなってきた。実際、ニューロ・コンピューター、ロボットの開発を目指して世界の科学者、技術者が昼夜なく取り組んでいる。労働者の職場は大丈夫だろうか(「私は大きくなったら神になりたい」2016年3月28日参考)。

ポスト・コロナ時代の理想の職場を考える時、自宅と職場のバランスといった問題だけではなく、AIと労働者の共存問題というテーマが浮かび上がってくる。21世紀の労働者が直面している厳しい雇用市場に対し、マルクスは“第2の資本論”を書いて、労働者の懸念を払しょくしてくれるだろうか。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2021年5月2日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。