鳩山元首相の長男、衆議院選出馬を断念 --- 清水 隆司

鳩の子は鳩だった

今年は選挙の年。現衆議院議員の任期満了は10月21日までで、仮に菅総理が解散に打ってでなくても、衆議院選挙自体は確実に実施される。

鳩山紀一郎氏twitterより

以前こんな記事「鳩」は鷹を産むか 〜 鳩山元首相の長男、政界進出とその政策を書いた手前、ごく簡単にご報告しておきたいことがある。政界進出を謳って、新党の前身となる団体「日本先進会」を設立し、理事に納まっていた鳩山由紀夫元総理のご子息紀一郎氏が、本年行われる衆議院選に立候補しない旨をYouTubeにアップした動画鳩山紀一郎より皆さんにお伝えしたいこと 20210419にて公表した。わずか3か月前には立候補の意思を示していたのだが……。ただ、この心変わりはある程度予想できていた。同じくYouTubeにアップされた「立候補するつもり」と語った3か月前の動画を視聴した際、紀一郎氏の発言に引っかかるものを感じたからだ。その動画がこちら。 →今後の戦略・方針(父・鳩山由紀夫との議論を公開するにあたって皆さんにお伝えしたいこと)20210203

発言のどこに引っかかったか、おわかりだろうか。もっとも気になったのは、「リアリティーの欠如」だ。この動画内での紀一郎氏の発言のサマリーはだいたい以下の通り。

  • 既存政党からは立候補したくない。
  • 政策面ではいっさい妥協したくない。
  • ドブ板選挙的な活動はしたくない。

これで、政治家になれる、と紀一郎氏は本気で考えているのだろうか。政治家、というより「空想家」と呼ばれる方がふさわしい気がする。志の前に現実がある。現実と真摯に向き合い、そのうえで志を遂げる術を模索する。それこそが政治家に必要な素養ではないだろうか。紀一郎氏の気持ちはわからなくもない。いや、むしろよくわかる。紀一郎氏に関心を持ったのも、「政策本位」を掲げる姿勢に打たれたからだ。落ち目とはいえ、人材豊富なこの国で、なぜ本当に優秀な人たちが政治家を目指さないか。普通の感覚の人間なら、自分の顔写真の載ったポスターを自分の住む町中にべたべた貼られたくないし、自分の名前を狂ったように連呼しながら、車で走りまわりたくはない。初対面の人の手をいきなり握りたくないし、気の合わない相手と酒を飲みたくもない。だが、そうしなければ、当選できないのが現実なのだ。不出馬を公表した動画の中には、知名度を上げ、支持を広げる何か画期的なアイデアを思いついたかのような発言がある。それがなんなのか、まったくわからないから、評価しようもないのだが、劇的な効果を期待できるそんな都合のいいやり方がはたして本当にあるのだろうか。はなはだ疑わしい。今回立候補を見送ったところで、どれだけ待っても、現実は変わらないだろう。だとしたら、変わるべきは紀一郎氏自身なのではないか。

紀一郎氏の動画を見て、反感や不快感を抱く者はおそらく皆無だろう。育ちの良さが滲み、賢く、人柄も誠実に見える。外交の面でも自国民の人権を踏みにじり、拡張主義を隠さない中国に対して、異様にへつらう元総理の父君とは一線を画しているように感じる。紀一郎氏にとって、政治家としてまったく尊敬されない元総理との血縁は政界進出のプラスではなく、「親の七光り」どころか「七祟り」かもしれない、と同情すら覚える。ただ、一点。父君と酷似している部分があることだけは指摘しておきたい。父君は、総理時代、米軍普天間基地の移転を巡り裏付けのない構想を口にして、日本の安全保障上虎の子の日米同盟にひびを入れ、その後、あっさりと総理の職務を放棄した。紀一郎氏の政策すべてを支持する訳ではないが、悪くない政策も多々ある中、選挙に出ずに、政治家になる機会を捨ててしまうことは、せっかく立案した政策を父君同様「裏付けのない構想」に貶めるに等しい選択、といえないだろうか。政策を実現できるのはバッジを付けた現職の政治家のみだ。一般市民が思い描く政策は結局のところ単なる空想にすぎない。日本先進会を、既存政党に政策提案するだけのシンクタンクにするつもりなら、それはまた別の話になるのだが。
やはり紀一郎氏だけでも既存政党の中で一番考えの近い党から立候補すべきではないだろうか。紀一郎氏自身の予想通り落選はほぼ確実、と思うが、元総理のご子息なら、マスコミにも取り上げてもらえる(このくらいが唯一のアドバンテージか)だろうし、立候補して、出馬する選挙区内での認知度を上げておくことは、本気の勝負に出る際、大きく影響するはずだ。

不戦敗。

もしこのまま本当に立候補を取りやめるとしたら、厳しいようだが、紀一郎氏の選択をそう断ずるしかない。奮起を促したいからだ。

菅政権は精彩を欠いている。野党第一党は政権を担える気配もしない。そんな政治情勢の中で国民は自民党に取って代わる責任政党の出現を待ちわびている。たとえ小さな芽であっても、期待は大きいのだ。

冒頭で紹介した記事の終わり部分で当時こんな自問をした。

「はたしてトンビならぬ《鳩》は鷹を産むのか。それとも蛙の子は蛙。所詮鳩の子は鳩なのか。」

鳩の子は鳩だった――。

これが現時点での自問への解答になる。

愚かな決めつけを覆すような果敢な行動を、今後の紀一郎氏には期待したい。

清水 隆司 
大学卒業後、フリーターを経て、フリーライター。政治・経済などを取材。