バック トゥ ベーシック、できますか

岡本 裕明

しばし乗っていないですが、国際線に乗る時、ビジネスクラスのエリアを通り抜けて私のエコノミークラスの席に行きます。そこを通るときには先に搭乗した知った顔やいかにも駐在員さんの出張、一時帰国と思われる方がいます。

nyaberkut/iStock

私は確かにゼネコンに勤めている時はほぼ常にビジネスクラスでした。何の抵抗もなくそこに座ることが自分のステータスだと思っていたのですね。ところが独立して自分の会社の財布から飛行機代を出すと思うとエコノミーより20万円ぐらい高い料金を払う価値を見出せなくなったのです。

実をいうと私がシアトルで日本食レストランの運営をしていた頃、シアトル発の国際線への日本食ケータリングを一手に引き受けていました。確か6つのエアラインぐらいに納めていました。(英国航空など欧州線にも入れていました。)その時のビジネスクラス、エコノミークラスへの卸値を私は当然知っています。もちろん、その時の価格が今の価格ではないですが、それでもビジネスクラスの価格を食事だけ見ればエキストラ料金は払えないのです。ならば日本に着いて鰻のかば焼き(並)でも食べた方がいい、そんな感じです。

自分のポジション、人付き合いや居住地は人の立ち位置や考え方、価値観、金銭感覚を変えるものです。わかりやすく言えば神奈川、千葉、埼玉で変わるし、勤め先が上場、非上場でも変わるし、近所の人の品格でも変わります。ならば、月収手取50万円の方と手取り15万円の方ではどちらが裕福か、と言えば絶対値では50万円に軍配が上がりますが、満足度の相対値では大した差は出ないはずです。50万円の人は一体何にお金を使っているか、といえばコアとなる必需部分にどれだけ価値を上乗せしたものを求めるか、それだけの違いなのです。

例えば1億円するマンションと賃料5万円のアパートで何が違うかと言えば立地や内装、造り、見栄え、住民の質ですが究極的にはどちらにもトイレや台所があり、寝るところもあります。つまり、コアの部分では何ら変わらず、付加価値に対して人は憧れ、差別化を感じ、満足感を得るわけです。

問題は一度、上級の味を知ると下には下がりにくいという経済学的特性がある点です。例えば景気が悪くなって給与や賞与が下がっているのに昔の生活癖をそのまま引っ張ったために生活破綻したという話がゴロゴロ出てくるのはそのためです。

私は日本で今、アパートの建築許可申請をしているのですが、その間取りを決めるのに2-3カ月考えました。どういう視点に立ったかと言えば自分が住むならどういう間取りがよいか、しばし考えていたのです。言い換えれば私は海外の都市のダウンタウンにある自分で所有する眺めの良いコンドに住んでいますが、賃料65000円のアパートに自分が住み、心地よくなれる世界を想像したのです。ではお前は本当にそこに住めるのか、といえばもちろんYESです。だから自信をもってビジネスができるのです。

私は仕事の関係でかつて世界中の最高峰のレストランでグルメ料理を食べまくった時期があります。でもこんなものを毎日食べたくもないと思ったのです。年に何度かメリハリでうまいモノ食べられればいいけれど普段は袋入りラーメンでも自分で打った出来損ないのうどんでも全く抵抗なく食べつづけられます。

今の生活が当たり前だと思わないこと、そしてそのうわずみの価値が究極のベーシックに戻った時、それを受け入れるだけの許容力があればストレスからも解放されます。「なんで、こんなみすぼらしい生活なのか」と思うことは一度もなく、どんな所でも「屋根があってよかった」と思えるぐらい自分のフレキシビリティを持つように心がけています。

今の私の事務所には窓がありません。既に5年以上いますが、別になくても大丈夫です。ただ、現在、次のプロジェクトを考えていて、5年後ぐらいになりますが、多分、バンクーバーで誰も思いつかなかったベストな自分のオフィスを作ります。そういう想像力と活力ができるのは自分が伸びたり縮んだりできるからかもしれません。

では今日はこのぐらいで。


編集部より:この記事は岡本裕明氏のブログ「外から見る日本、見られる日本人」2021年5月9日の記事より転載させていただきました。