独ドロステン教授から「良き知らせ」

ドイツの世界的ウイルス学者、クリスティアン・ドロステン教授(シャリテ・ベルリン医科大学ウイルス研究所所長)が9日夜、ドイツ公営放送ZDFの「ホイテ・ジャーナル」で「6月にはワクチン接種効果が初めて表れる。今年の夏はドイツではいい状況が生まれるだろう」と答えた、というニュースが入ってきた。

ドイツの代表的ウイルス学者ドロステン教授 2021年3月17日付の独紙フランクフルター・アルゲマイネ・ツァイトゥングから

同教授は過去、新型コロナウイルス感染問題では常に警告を発し、国民に厳しいコロナ規制を求めてきたことで知られている。同教授は Podcast を通じて定期的に国民にコロナ情報を報告し、メルケル政権のコロナ規制にも大きな影響を与えてきた。教授が厳しいコロナ規制を発するので、国民の一部から激しい反発が生れ、時には強迫メールすら届いたという。教授はその度に、「自分はウイルス学者だ。自分が得た情報を国民と分かち合うことは義務だ。ただし、政治、経済問題には関わりたくない。自分はその分野の専門家ではないからだ」と説明し、ウイルス学者の立場を常にキープしてきた。すなわち、自分はテレビ・スターでもエンターテイメントの出演者でもない。一介のウイルス学者だという姿勢だ。

当方はドロステン教授の言動を聞く度に、「新型コロナウイルス時代の現代の予言者の一人」と思ってきた。なぜならば、嫌われることも言わなければならないことを知っている学者だからだ。多くの政治家、学者は国民から喜ばれることを語りたくなるものだが、同教授はそうではない。教授の風格、自身の使命に対する献身を見るたびに、当方は「ドロステン教授はコロナ時代の予言者」と思ってきた。

その教授がここにきて国民に歓迎される“良き知らせ”を発したのだ。予言者は理解されず、常に批判を受ける立場が多い。ドロステン教授もその一人だったが、国民が喜ぶ知らせを公営放送でのインタビューの中で語ったのだ(教授の発言はドイツ語では「Der Sommer kann ganz gut werden in Deutschland.」)。

ドロステン教授に何が起きたのだろうか。考えられるシナリオを整理した。①ドイツのコロナ感染が急速に改善し、国民はもはや恐れる必要はなくなった、②予言者として国民に警告を発し、その代償として国民から嫌われる予言者の生き方に疲れ、国民が喜ぶ情報を発する学者に転向した、③強迫メールからの自身と家族の保身のため、等が考えられる。①は客観的データがコロナ規制を緩和できる状況となったからだ。②は予言者の使命を放棄したことになる。旧約聖書の世界でもヨナは神の願いを伝える立場を嫌い、神から逃げようとした預言者だ。ドロステン教授はヨナのような心境に陥ったのだろうか。③教授の危機管理だ

①は最も理想的なシナリオだ。教授は実際、「ウイルスが消滅したわけではないから、大喜びするにはまだ早すぎる。ただし、ワクチン接種が進み、ドイツ社会で集団免疫状況が生まれてきたならば、新規感染者の急増といった状況はなくなくなるだろう」という見通しを述べたわけだ。その上、「注意すべきはワクチン接種を受けていない国民、子供たちに感染が広がることだ」と一言、警告を忘れていない。その意味で、②のシナリオは当てはまらない。むしろ、①が最も妥当だろう。ドイツのウイルス学者の中にも警戒論者はいる。ただ、ドロステン教授の口から“良き知らせ”が飛び出したことから、メディア関係者はその発言部分に飛びついたために、②のような憶測が生まれたのかもしれない。ドロステン教授は預言者ヨナのように自身の使命を放棄し、逃げたのではないのだ。

ちなみに、ドロステン教授は早い段階で、「コロナウイルルは子供たちも感染する危険性がある」と警告し、高齢者だけではなく、若い世代、子供たちも同様だと指摘し、学校の早急な再開に警告をしてきた。コロナワクチンの中でも最も多く接種されている米製薬会社ファイザーは先日、「12歳から15歳の若い世代にもワクチン接種を申請している」と発表している。これまでは欧州ではワクチン接種は16歳以上となってきたからだ。ドロステン教授はコロナ問題では常に一歩先を走ってきたウイルス学者だ。

ロイター通信によると、ドイツでは新規感染者数は減少傾向にある。1日平均1万4639人で、昨年12月21日のピーク時の57%。パンデミック以来のドイツ感染者数は352万2818人、死者数8万5148人。ワクチン接種者数は今月6日現在、約700万人が接種、人口の8%に該当する。ワクチン接種者は外出制限などの規制が緩和される。その点、隣国オーストリアとほぼ同様だ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2021年5月11日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。