ヒートアップする言論、スルーする回答

どうも最近、影響力の強い方々の言論に舌鋒とも毒舌とも捉えられる議論を吹っ掛けたり、極論をぶつけるケースが散見できます。また、かつては「含蓄ある言葉」としていたであろうしかるべき方の発言に対して反論や批判を正面切って行うケースも見受けられます。この傾向について今日は考えてみます。

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錦織圭選手がイタリアでのテニス大会に於いて五輪は「死人が出てまでも行われることではない」と述べたのに対して橋下徹氏が噛みつき、「錦織さんも日本換算にして今、2万人の感染者がいるイタリアで普通にテニスをして、普通に生活をしているんですよ」「感染者が出ないところでオリンピックをやるべきだと言うけど、じゃあ、イタリアはどうなの?って」と反論しました。

2回目の緊急事態宣言が解除され、重症病床を減らした大阪府の吉村知事に対して立民の枝野代表が「大阪府は朝令暮改。一番悪いのは大阪府知事。こういう無責任な知事もいる」と名指し攻撃。吉村知事は「運用病床は感染者数に応じて減らすが、確保病床は減らしていない。事実誤認がある」と反論しています。

元衆議院議員で最近、メディアにちょくちょく名前が出てくる豊田真由子氏。話題になったあの頃とは変わったとされますが、最近の五輪開催に関する話題についてコロナが落ち着いてからもう一度(五輪開催に)手を上げればよいとの声に「でももし、日本からそう言ったら多分、未来永劫、日本にオリンピック・パラリンピックは来ない」と返しています。「未来永劫」なんて誰もわからない極論なのですが、それを普通に言ってしまうところが怖いのです。IOCの組織そのものが大変革したらどうなるかといった与件の変化なんて考えていなくて現状が続く前提の主張では説得力はないと思います。

国会では相も変わらず、菅総理が苦手な蓮舫議員との一騎打ちが再び話題となりました。蓮舫氏の「今は救急搬送されにくい人が増えている。オリンピックに出場する選手と一般の日本人なら、どちらが優先して運ばれるのか」と非常に嫌な質問に対して首相は手元の紙に目を落として「具体的な方法として、例えば海外の選手なりですね、行動規範を原則として宿泊施設より競技会場などに限定します」と答弁。これはどう見ても質問と回答がかみ合っていません。

菅総理は都合が悪い質問はスルーするか、オウム返しのような返答をすることが目立ちます。バイデン大統領との会談の後の共同記者会見でロイターの記者が菅総理に「コロナ禍での五輪開催は無責任ではないか」と質問し、バイデン氏が菅総理に発言を促したけれど菅総理は「では」と共同通信の記者に質問どうぞと指名したのです。このようなスルーや問いと答えが全然マッチしていないことは日常茶飯事でいわゆる菅総理の「完全スルーの術」です。これ、多分、面白おかしく、ものまねする人が出てくると思います。

世の中、著名人の発言に対してかつてはそれを「尊重」する趣すらあったのですが、最近はSNS慣れしたのでしょうか、非常に鋭く突っ込み、反論、批判するケースが増えてきたと思います。2チャンネルの開設者として知られるひろゆき氏(西村博之氏)は舌鋒が売りで「あぁ言えばこういう」タイプの典型で彼の露出が増えてきたことがヒートアップする言論のトレンドにも影響しているかもしれません。

いわゆるSNSは文字を介してやり取りするのでストレートな表現が出やすく、言葉がきついとされています。私は時折、問題解決のために「電話してみなさい」とよく言います。言葉のあやがあって大したことではないことに引っかかっていることも往々にして存在するからです。

ただ、最近はユーチューバーなど動画配信やクラブハウスなど音声配信が増えたことから文字起こしではなく、トークそのものが直接的に伝わることが増えてきました。私はトークについては「言葉を選ぶ」ことに細心の気を遣うようにしています。それでもたった一言や一つの単語の用法の間違いを厳しく糾弾されることもあります。

昔は声がでかい奴が勝つ、と言われました。これからは声がでかくなくても論理的なトーク展開をする人が勝つ時代になるとみています。ただ、完全無欠なトークなどが存在しないことも事実でそこを突っ込まれるかどうかはトークのスピードが重要になります。

私のかつての二人の上司はともに早口。ただ、共に何を言っているのか聞き手が理解できませんでした。情景描写抜きや主語抜きが多く、突然、「例の件だけど…」でマシンガントークをされても聞き手は何の話をしているのか、理解する頃には話が核心に触れていて防戦一方、という流れです。基本的に頭の回転が良い方によくみられるケースですが、理解をしてもらえないという損な面は否めません。但し、相手の反論に対して巧みにかわす技術はアテネやローマの時代からの人間としての能力の見せどころだったわけで、スピード感をもった論破は効果的だと思います。

その一方で最近は電話することが苦手な人が異様に増えています。友達とは話せるけど第三者との会話や仕事の電話は全くダメ、の人が多くなっています。多分、ヒートアップする言論は有名人同志に限らず、世間一般の傾向になりつつあるのではないかと思います。その際、過激発言が出やすいのは言葉の使い方が十分に鍛錬されておらず、数多い言い回しや婉曲な表現、寓話や挿話を巧みに使うといったテクニックが不足しているのかもしれません。

ならばしゃべるのが仕事の菅総理はなぜ、質疑がかみ合わず、スルーするのか、これは総理の考え方が非常に凝り固まっているのが原因だと思います。要するに一度思ったら全然変えられないどころか調整すらできないタイプに見えます。森喜朗氏の首相時代のトークは近年の総理では一番ひどいとされていますが、菅総理はタイプは全然違えど、しゃべるのはお得意ではないとお見受けします。

では今日はこのぐらいで。


編集部より:この記事は岡本裕明氏のブログ「外から見る日本、見られる日本人」2021年5月16日の記事より転載させていただきました。