まずコラムの見出しの「3G」を説明する。「3G」は新世代の通信規格「5G」に比べ、時代遅れの「3G」をからかうために登場させたのか、と思われた読者もいたかもしれない。当方はこのコラム欄で中国通信機器大手ファーウェイ(華為技術)による次世代通信規格(5G)網について書くつもりはない。オーストリア国民が喫茶店で1杯のコーヒーを飲むために必要不可欠な条件「3G」について話を始めたいのだ。
オーストリアで19日から新型コロナウイルス感染防止のロックダウン(都市封鎖)が解除された。レストラン、喫茶店、映画館、フィットネスセンター、博物館、劇場、ホテル業など、ほぼ全分野が営業を再開した。もちろん、FFP2マスクの着用、2mのディスタンスなどのコロナ規制は依然、堅持されるが、レストランで家族とともに食事したり、行きつけの喫茶店で1杯のコーヒーを飲むことができるようになった。6カ月ぶりのロックダウン解除(ウィーンの場合、7カ月ぶり)だ。オーストリア国民は半年ぶりに失った自由を取り戻したわけだ。
オーストリアでは1955年5月、共和国として再独立を勝ち取った際、「オーストリアは自由となった」と叫んだフィーグル外相(当時)の話は伝説だが、オーストリア国民の中には同じような思いで19日を迎えた人もいたかもしれない。
ただし、自由にも責任と義務が伴うように、オーストリア国民も自由を享受するためには「3G」の壁を超えなければならない。「3G」とは、ワクチン接種証明書((Impfzertifikat))、過去6カ月以内にコロナウイルスに感染し、回復したことを証明する医者からの診断書(Genesenenzertifikat)、そしてコロナ検査での陰性証明書(Testzertifikat)のいずれかをレストランや喫茶店に入る前に提示しなければ、店の中に入ることができない。3種類の証明書を所持してる国民はGeimpft(接種した)、Genesen(回復した)、Getestet(検査した)国民ということから、最初の「G」をとって「3G」と呼ぶ。一種の通行証明書だ。説明すると長くなるが、要するに3種類の証明書の一つでも所持している国民は晴れてレストランで食事ができ、1杯のコーヒーを友人と共に堪能できるわけだ。
参考までに、ウィーンにはコーヒー文化(Kaffee Kulture)がある。コーヒー・ハウスは待合場所であり、談笑する場所として好まれる。その点は今も昔も同じだ。昔は著名な小説家や芸術家たちがコーヒーを飲みながら談笑する風景がみられた。作曲家シューベルトは「カフェー・ミュージアム」で友人たちと談笑し、時には作曲したばかりの音楽を演奏したものだ(「ウィーンの『コーヒー文化』の危機」2013年9月30日参考)。
ウィーン市のルドヴィク市長は19日の朝、知人と近くの喫茶店で1杯のエスプレッソとキッフェルのモーニングサービスを堪能していた。クルツ首相、コグラー副首相ら政府首脳はプラターで昼食をし、再び勝ち取った自由を市民と共に楽しんでいるシーンが夜のニュースで報じられた。また、コーヒーを友人と一緒に飲みたいが、「3G」の証明書を持っていないので、近くの薬局で無料のコロナ検査を受ける人々の列が報じられていた。
オーストリアのコロナ情勢をみると、7日間の新規感染者数は人口10万人あたりで19日現在約59人と3桁から2桁に入った。ワクチン接種で少なくとも1回の接種を受けた総数は19日現在、417万人を突破し、2回の接種を終えた完全免疫者は100万人を超えた。一時期、停滞していたワクチン接種が加速することで新規感染者数は一時期3000人台前後だったが、19日は866人と急減した。
クルツ首相は、「理想的な傾向だ。このまま続けば6月に入れば、更なる規制緩和も可能となる」と述べていた。具体的には、マスク着用の解除とコロナ規制の解除だ。ただし、同国の免疫学者たちは「コロナ規制の解除は早すぎる」と警告している。同国で昨年6月、マスク着用を解除したが、その結果、新規感染者数が増加していった苦い経験を味わっている。
オーストリアの連邦保健安全局(BASG)によると、ワクチン接種でも2回接種者の中でこれまで80人がコロナ感染し、そのうち20人が重症化し、8人が死亡している。英国発のウイルス変異株、南アフリカ発変異株、ブラジル発変異株、そしてインド発変異株とコロナウイルスは自由自在に姿を変えている。ワクチンの有効期間も不明な点がある。ロックダウン解除で多くの国民が旅行にいけば、昨年と同じように、夏季休暇後、新規感染者が急増することが十分考えられる。状況は油断ならない。
いずれにしても、19日、オーストリア国民は待ちに待ったロックダウン解除の日を迎えた。当方は、Cafeの外の席に座り1杯のメランジェを飲みながら行きかう人々を眺めている時間を楽しむが、コロナ感染が拡大してからはもっぱら自宅でコーヒーを楽しんでいる。ただし、喫茶店でコーヒーを飲むために列を作るウィーン市民の思いはよく分かる。
ドイツの世論調査によると、ホーム・オフィスで働くオフィス・ワーカーの3人に1人は「コーヒー・タイム」を懐かしく感じているという。自宅でいつでもコーヒーを飲むことができる環境にいても、職場で同僚とインスタント・コーヒーを飲みながら世間話をしていた休み時間が恋しいわけだ。人間は限りなく関係存在だということが理解できる、中国武漢発の新型コロナはその人間関係をこれまでズタズタに壊してきた。なんと悪魔的業だ。
10年後、オーストリア国民は「3G」と1杯のコーヒーの話を懐かしく思い出すだろう。
編集部より:このブログは「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2021年5月21日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。