新型コロナウィルスはどこから発生したのか(金子 熊夫)

金子 熊夫

〜中国起源説の裏側〜

外交評論家 エネルギー戦略研究会会長 金子 熊夫

今回、予定では、「中国とどう付き合って行くべきか」のその4を書くつもりでしたが、新型コロナウィルスの感染拡大が一向に止まらず、全国的に深刻な状況が続いていますので、予定を変更して、この問題を取り上げてみたいと思います。

実は、一部の読者諸氏はご存知のように、私は、5月23日に久しぶりに故郷の新城市へ行き、同市文化協会主催の記念行事で講演をする予定でしたが、5月半ばから愛知県にも緊急事態宣言が布かれたこと、また、ちょうどこの日に東京・世田谷区でワクチン接種(2回目)を受けることになり、東京を離れるわけにはいかないので、残念ながら講演を延期させていただきました。コロナ禍が一段落したら是非ゆっくり帰郷したいと考えています。

4X-image/iStock

さて、これまで1年半にわたって世界中で猛威を振るっている新型コロナウィルスについては、様々な問題がありますが、やはり一番心に引っかかるのは、このウィルスがどこから、どうやって発生したのか、誰か人間が広めたのか、それとも自然界から自然に発生したのか、ということだろうと思います。

「チャイナ・ウィルス」?

とくに、中国の武漢市が起源地だとの説が一般的なようですが、果たして本当にそうなのか。ならば、なぜ中国政府はそれを率直に認めないのか。こういった疑問は誰もが強い関心を持っているにもかかわらず、なぜかいまだにはっきりしません。

もし本当にコロナの起源が中国であることがはっきりすれば、当然中国の責任が厳しく問われることになり、中国政府は、全世界に対し何らかの謝罪ないし釈明をするべきでしょう。当然それ相当の損害賠償義務も発生するでしょう。

武漢ウィルス研究所 NHKより

いずれにせよ、いつまでも曖昧な態度をとったり、頬かむりを続けたりするべきではありません。もし敢えてそういう態度をとり続けるなら、所詮中国とはそれだけの国であり、今後国際社会において指導的役割を担う資格はないということになるはずです。百歩譲って、法的な問題は別にしても、道徳的、倫理的な問題は残ります。これらの点は、今後日本が隣国として中国と付き合って行く上でも、当然大きな要因であると思います。

ところで、ドナルド・トランプ前米大統領は在任中、盛んに「チャイナ・ウィルス」「武漢ウィルス」と断定的に叫んでいましたが、彼がいなくなって、「チャイナ・ウィルス」とあからさまに言う人はあまりいなくなりました。

歪められたWHO調査報告

一方、世界保健機構(WHO)は、今回の新型コロナウィルスを公式にはCOVID-19 ――もっと正式にはSARS-CoV-2 ――と呼んでいます。そのWHOはようやく今年2月に武漢での現地調査を実施しましたが、中国政府が十分調査団に協力したようには見えません。調査団の報告書も公表されましたが、その結果はあまりぱっとしません。更なる調査が必要だとWHO事務局長自身が言っているものの、今後どこまで調査が行われるのか分かりません。どうも納得しがたい状況が続いています。

このような甚だ不透明な状況の中で、最近、アメリカのある著名な科学記者・作家(科学雑誌「Nature」の元編集者)が、アメリカの権威ある原子力専門雑誌に長文の分析論文を発表しました。題名は、いかにも思わせぶりで、「新型コロナウィルスの起源:人間かそれとも自然か、誰が武漢で『パンドラの箱』を開けたのか?」

全文30ページもあり、しかも英語の難しい専門用語が沢山出てきますので、素人が正確に理解するのは困難ですが、ざっと要点をまとめれば次の通りです。

自然発生説と人為説

1. 新型コロナウィルスの起源については大きく二説あり、一つは自然界から人間に移ったというもの、もう一つは実験室から何らかの理由で外部に漏れたというもので、両説とも十分可能性があるが、今のところどちらが正しいとする決定的証拠はない。起源の問題は次のウィルスによる大感染を防ぐ意味で大事なことだ。

武漢市の位置(厚生労働省検疫所のポスターより)

2. 武漢には世界有数のウィルス研究所があり、この研究所からコロナウィルスが漏れ出たという説がある。同研究所の女性研究員・石正麗(55歳)は欧米で「コウモリ婦人」(Bat Lady)と呼ばれるように、かねてから中国南部の雲南省の洞窟に生息するコウモリのウィルス遺伝子研究で有名で、その研究過程でウィルスが外部に漏れたのではないかという疑いが持たれた。ウィルス遺伝子は現在では比較的簡単に操作できることが確認されている。しかし、この説は、昨年春の段階で、米国の二つの有力研究団体によって否定された。

米国が武漢研究所に資金援助?

3. その後、これらの研究団体は、長年武漢ウィルス研究所に資金援助を行っていたことが明らかになっており、その責任問題を避けるため武漢起源説を否定しているのではないかとみられる。今年2月のWHO調査団にはこれら米国の専門家も参加しており、彼らは武漢起源説を報告書に書き込ませないよう動いたが、それは中国政府の意向にも合致していた。しかし、武漢起源説(人為説)を否定すると、自然発生説ということになり、ウィルスを人間社会に広めた「中間宿主」は何だったのかという重要な疑問が残るが、この点については、中国当局も欧米の科学者たちも未だに解答を発見していない。

4. 中国当局は新型コロナウィルスを生成したわけではないとしても、中国における重大な事態発生とそれに対する中国の責任を極力隠蔽しようとし、武漢研究所の証拠・データベースを押さえた責任は大きい。WHO調査団の調査も極力自然発生説に向かうよう仕向けた形跡がある。中国当局は責任を回避することに汲々として次の大感染を防ぐことに意を注いでいない。

中国の隠蔽を黙認する科学者たち

5. 世界のウィルス研究者たちは、彼らの研究の危険性について一番よく知る立場にあったが、仲間を弁護し、将来の研究資金獲得を害さないことに意を用い、危険を防止するため厳格な安全対策を求めることに力を注いで来なかった。その危害の可能性は極めて深刻だ。他の科学者たちは危険性を何度も指摘してきた。その一つは英国のケンブリッジ大学の研究チームだ。

6. 武漢研究所に資金提供した米国の責任については、危険な研究を十分な安全措置を確保していない外国の研究所に委託したことが問題だ。もし因果関係が確認されれば米国国立保健研究所(NIH)の責任も免れまい。特にその傘下の国立アレルギー感染症研究所(NIAID)のファウチ所長などだ。ファウチ博士の米国内における評価は高く、連邦議会でも問題にする動きはなく、米中間でも問題を公開の場で議論することを避ける暗黙の了解があるように見える。メディアもこの問題を深追いしようとしない。

以上がこの難解な論文の大雑把な概要ですが、この論文では、武漢研究所で最先端の遺伝子操作技術を使って強力なウィルスを作る研究をしていてそれが漏れ出た可能性が強く示唆されています。しかし、そうとははっきり言わず、結論は読者に委ねるとしています。決定的な証拠は、同研究所の石女史の研究記録とデータにあるのでしょうが、中国政府が出さないので決定的な結論は出せないとしています。

「コウモリ婦人」と呼ばれる石正麗研究員 (中国のニュースサイト「新浪」より)

責任は第一に石女史以下の研究者、次にこれを隠蔽した中国政府、さらに厳しく追及しない米国と世界のウィルス研究者集団、そして武漢研究所の研究に資金提供した米国の責任があり、それもあって米中間で公に議論しないという暗黙の了解があるようだとしています。責任を明らかにすることは次の大感染を防ぐ上で重要ですが、このままではまた新しい感染症の大流行が起きる懸念があります。強力な新しいウィルスを作り出す技術があり、しかもこれに対するワクチンも作れるということなので、状況は深刻です。日本も早く国産ワクチンを作る態勢を確立し、将来に備えるべきでしょう。ウィルス対策は国家安全保障問題そのものです。

日本はどう対応するべきか?

結論的に言えば、「自然発生説」「人為説」いずれの場合も、発生源としての中国の国際的責任は免れないわけですが、後者の場合は前者よりも、明らかに責任の度合いが高いので、中国政府としては、何が何でもこの弱みを隠蔽すべく、中国国内での情報統制はもとより、WHO調査団への対応、海外ウィルス研究者等への働きかけに全力を尽くしているのでしょう。「マスク外交」「ワクチン外交」の展開にもそのような思惑が透けて見えるような気がします。とくに、国際調査徹底の必要性を繰り返すオーストラリアを目の敵にし、見せしめ的に思い切った対豪貿易制限などの「制裁」に踏み切ったのもその一例でしょう。

翻って、冒頭で指摘したように、日本としても、このような自国内の臭いものには徹底的に蓋をし、対外的な体裁や面子にこだわり、平然と「戦狼外交」を展開する中国と今後どういう形で付き合って行くべきか。次回、本題に戻ってじっくり検討したいと思います。

(2021年5月24日付東愛知新聞令和つれづれ草より転載)

【追記】
本稿でご紹介した「米国の著名な科学記者・作家が同国の権威ある原子力専門雑誌に発表した長文の分析論文」は具体的には以下のとおりです。
The origin of COVID: Did people or nature open Pandora’s box at Wuhan?
By Nicholas Wade* May 5, 2021;  The Bulletin of the Atimic Scientists

 


編集部より:この記事はエネルギー戦略研究会(EEE会議)2021年5月24日の記事を転載させていただきました。オリジナル記事をご希望の方はエネルギー戦略研究会(EEE会議)代表:金子熊夫ウェブサイトをご覧ください。