悩ましいEV充電機器投資

今日は私が未だに袋小路に陥っている案件、EV充電設備投資についてご紹介したいと思います。

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私の会社ではゲート付き地下駐車場を複数個所、合計180台分程度所有し、月ぎめの利用者に貸しています。コロナになり稼働率が落ちているので当然、対策を取らねばならず、近辺にはないEVチャージャーを月ぎめ駐車場に設置することで顧客の誘導を行うことを考えています。

EVチャージャーには概ね、3種類あります。120ボルトのレベル1,240ボルトのレベル2、そして高速充電(レベル3)です。レベル1は家庭用電源でチャージするもので今の水準では200キロ走行分をチャージするのに20時間ぐらい、レベル2だとレベル1の5-7倍ぐらいのスピードになります。高速充電機材は極めて高価(機器設置料はカナダで1台1000万円ぐらい)ですし、電源供給そのものの問題もありますのでここでは話は省きます。

さて、ここバンクーバー地区の各市では新築の住宅に付随する駐車場には一定数のEVチャージャー設置が求められています。私が当地で開発を進める高齢者施設でもその数台ある駐車場すべてにレベル2の設置が義務付けられています。よって新築住宅や新築コンドミニアムでは充電設備に対する問題は軽微なのですが、99%以上の既存集合住宅にはチャージャーがありません。そこで各市役所も普及に躍起なのです。

先日、バンクーバー市が主催する業者、関係者向けウェビナーがありました。私も参加したのですが、多くは住宅の機関投資家、ガソリンスタンド経営者などです。(私のように私企業で賃貸用駐車場を持っている会社は絶対数が少なく特殊です。)

バンクーバー市からの提案は環境問題に対応するため、市としてEVチャージャーの普及に全力を挙げていること、2040年頃にはEV自動車に置き換わる前提でそのインフラ整備を推進していくこと、そのために駐車場運営者に充電施設の設置を促すとともにガソリンスタンドにもそれを設置させ、新しい時代のスタンド経営の支援をすること、などが提示されました。

普及させるために連邦政府、および州政府それぞれから一定額の支援(一台当たり合計1万㌦(=90万円))がある一方、近い将来、毎年更新する営業許可発出の際、駐車場台数とEVチャージャーの台数で許可の代金に差をつけることを検討するとしています。つまり、充電機材投資をしなければとても高い営業許可費用を払うことになる、という一種のあめとむちを突き付けられたわけです。

日本ではこのような論理展開は反対勢力に押されて没るのですがこちらはこれが現状打破の基本的な戦略です。「嫌ならやめろ」という役所のスタンスが極めて強いのが特徴です。民側はなんだかんだ言いながらも前向きの改革であれば役所に同調し、官民が一体で物事を進めるという流れです。

余談ですが、日本は役所を「お上」というように「許可を下す」行政官をイメージしますが、こちらは役所と民間が対等な立場の上で論理と論破で合意点を見つけるという立ち位置です。よって「許可は取得する」ものであり官民がベストな取引をするという考え方です。

さて、ここまで読む限り、「じゃあ、充電機器を入れればいいじゃないか」と思うでしょう。ところが私には2つ問題があります。1つは建物に供給している総電源のキャパシティが十分ではなく、それをアップグレードするならば巨額のコストがかかるのです。2つ目は巷に言われる全個体電池の出現です。これでこのチャージャーの将来設計の立ち位置は完全に変わってしまうのです。

全個体電池ができると一般に15分程度で必要チャージができるのではないか、とされています。今までの一晩かかる時代とは雲泥の差。わかりやすく言うとインターネットのスピードの改革と同じで昔は映画一本ダウンロードするのも苦労したけれど今では何の苦労もありません。それと同様、電池の世界はかつてのインターネットのスピードと同様、極めて早い進化が遂げられることが期待される産業の一つなのです。

ではその全個体電池はいつできるのか、と言えば業界ではトヨタとフォルクスワーゲンが開発の先頭にいるようで両社とも2024-5年には実用化のめど、26年ごろには実車が販売されるのではないかとされています。話はそれますが、仮に全個体電池を積んだ車がトヨタなりVWから販売されれば他社にはその電池は当面、供給されないでしょうから業界のデファクトスタンダードを得ることになります。雨後の筍のように増えるであろうEVメーカーはそこで一旦、淘汰の洗礼を受けるかもしれません。

これは私の想像ですが、現在はEVチャージャーはガソリンを入れるようなところからチャージをします。全個体電池が出来たら私は停車中の車の底から非接触型でチャージする形が主流になるとみています。とすればすべての駐車場にチャージャーなど必要なくなるし、チャージのやり方そのものが根本から覆るとみています。

全個体電池の実車ができるかもしれない2026年はわずか5年後の話であり、投資の回収と業界の基準が決まらない現状、どうしても投資の二の足は踏まざるを得ないのです。

バンクーバー市の調査によると今後1-2年のうちにEVを購入したい人は約50%いるのですが、EVそのものを買わないとする人も同程度います。買わないという最大の理由が「チャージャーがないから」であり、目先の普及を考えればEVチャージャーは大きな意味合いがあります。

私は所有する駐車場周辺のコンドミニアムの管理組合や管理会社とも下地の話を開始していますが、一筋縄にはいかず、様々な議論が展開されています。最終的にどうなるか、分かりませんが、私は大規模ではなくても暫定的にでもパイロットプログラムとして取り込みたいとは思っています。

では問題の電源ですが、暫定分程度の電源は駐車場内の弊社所有エリアを含む全ての駐車場の蛍光灯をLEDに交換するプロジェクトが進行中で弊社が全体のファイナンスを提供しています。その結果、余剰電力枠が生じるのでそれを使わせて欲しい、というのが私の論理展開です。チャージャーへの投資それ自体は駐車料金で回収できる部分が大きいのでビジネスモデルは成り立つとみています。

ただこれだけ見てもお分かりのように、一筋縄でいかないのがEVビジネスなのでしょう。私もこのような議論に自分が巻き込まれるとは思ってもいなかったのですが、なかなか楽なビジネスはないようです。

では今日はこのぐらいで。


編集部より:この記事は岡本裕明氏のブログ「外から見る日本、見られる日本人」2021年5月27日の記事より転載させていただきました。