「武漢ウイルス研究所」流出説強まる

英語で「パンダハガー」という言葉がある。その意味は「媚中派」だ。親中派というより、中国共産党政権に買われた人々を意味する。「パンダハガー」(Panda Hugger)のパンダは中国が世界の動物園に送っている動物の名前だ。米国をはじめ、世界中にパンダハガーがいるのだ。

科学技術の自己強化を訴える習近平国家主席(2021年5月28日、新華社通信)

具体的に説明すると、中国共産党政権は海外ハイレベル人材招致プログラム「千人計画」を推進中だ。大学教授や研究者に対し、研究費支援、贅沢三昧の中国への旅、ハニートラップなど「甘い汁」を与える。禁断の実の味を知った大学教授たちはそれを忘れることができなくなるから、最終的には中国共産党の言いなりになってしまう。そして立派なパンダハガーとなっていく。米ハーバード大教授が昨年、その「千人計画」に引っかかっていることが大きく報じられた。

中国共産党政権が「甘い汁」として提供するものは金銭、高級品、贅沢な接待などだ。中国共産党は人間の弱さがどこにあるかを熟知しているから、物欲、性欲を刺激するものを「甘い汁」としてちらつかせるわけだ。民主党の米下院議員がスパイ工作員だった中国人女性に騙されるなど被害が出ている(「トランプ政権の『パンダハガー』対策」2020年8月1日参考)。

前口上が長くなったが、スパイ活動で欧米の知的財産を入手してきた中国共産党政権は今、欧米情報機関の反撃を受けて怯えだしている。直接の契機は、新型コロナウイルスが武漢ウイルス研究所(WIV)から流出したことを裏付ける機密情報がどうやら米国情報機関の手に渡った可能性が出てきたからだ。バイデン氏は5月26日、国家安全保障担当補佐官を通じて情報機関にコロナウイルスの発生源について詳細な追加調査を報告するように指示を出したばかりだ。

米紙ウオール・ストリート・ジャーナルは5月23日、情報機関筋として「武漢ウイルス研究所の3人の研究者が昨年11月に体調不良で病院で治療を受けていた」と報じ、新型コロナウイルスが武漢ウイルス研究所から流出した可能性が高まってきていると報じてたばかりだ。トランプ政権時代、WIV流出説は憶測情報に過ぎないとして一蹴してきた米メディアがここにきて流出説に強い関心を注ぎだしている。中国側が慌てだすのは当然だろう。

新型コロナウイルスの発生源問題ではジュネーブに本部を置く世界保健機関(WHO)が今年1月末、国際調査団を武漢に派遣したばかりだ。調査結果によると、新型コロナウイルスは“動物から宿主を通じて人間に感染した”説が高まる一方、米国らが主張してきた「武漢ウイルス研究所流出説」の可能性は少なくなってきたという。その報告内容は中国側の主張を裏付ける一方、米国の“流出説”を否定する内容だった。

そのWHOのテドロス事務局長がここにきて突然、WIV流出説に対しても「無視できない」と受け取り出してきているのだ。中国武漢発の新型コロナが感染拡散した直後、テドロス事務局長は昨年1月28日、中国北京を訪問し、習近平国家主席と会談、中国の新型コロナ感染への対応を評価し、称賛した。親中国寄りの事務局長の姿勢に批判の声が高まったことはまだ記憶に新しい。その親中派と受け取られてきた事務局長の突然の変身に驚いたのはもちろん中国側だ。

西側情報機関は、「テドロス事務局長は米国ら情報機関から信頼ある情報を入手したのだろう。自身の名誉を守るためにこれまで一蹴してきた武漢ウイルス研究所流出説に対して一定の評価を下したのだろう」と受け取っている。

変身したのはテドロス事務局長だけではない。米国の感染病の第一人者、米国立アレルギー感染症研究所のアンソニー・ファウチ所長も動物から人間に感染した自然説から研究所流出説に傾いてきているのだ。彼はこれまでWIV流出説を憶測にすぎないと公の場でも繰り返し主張してきた。何が起きたのだろうか。考えられるシナリオはただ一つ、研究所から流出したことを裏付けた情報を最近入手したからだ。興味深い事には、英日曜紙サンデー・タイムズによると、「(米情報機関と密接な連携がある)英国情報機関もここにきて流出説を支持してきている」というのだ。

テドロス事務局長、ファウチ所長、そして英国情報機関と次々と「自然発生説」から「研究所流出説」に鞍替えしようとしているのだ。それだけではない。「COVID-19は人工的に作られた」という趣旨の投稿を削減してきた米フェイスブックは5月26日、「COVID-19は人工的に作られたと主張する投稿を、同プラットフォーム上で許可する」と発表し、方針を転換しているのだ。

ジュネーブで開催中のWHO総会(5月24日~6月1日)では「WHOの改革」が大きな議題だが、そこでは「感染症初期における情報の共有の改善」が大きなテーマだ。WHO独立委員会が1月に公表した報告書によると、「情報共有の円滑化こそ急務」という結論が出ている。中国がCOVID-19関連情報の共有を拒否していることへの批判だ。

感染症の場合、発生源の検証と共に、重要な問題は感染初期時期の検証だ。中国当局は昨年1月20日、ヒトからヒトへの感染を認め、同23日に武漢市でロックダウン(都市封鎖)を実施し、初の感染確認は2019年12月8日と主張してきたが、欧米側の情報によると、2019年秋に新型コロナが既に発生していたという報告が多数ある。

イタリア高等衛生研究所によると、同国北部の2都市に新型コロナウイルスが2019年12月に存在していたことが、同研究所が行った下水調査で判明した。ミラノやトリノの下水から2019年12月18日に採取されたサンプルに新型コロナウイルス「Sars-Cov-2」の遺伝子の痕跡が発見されたからだ。イタリア北部ロンバルディア州で新型コロナが爆発的に感染する数カ月前に“同国で新型コロナが広がっていた”ことになる。中国側が感染症の初期感染に関連する情報を隠蔽してきたことになる。そうなれば中国共産党政権がパンデミック(世界的大流行)の第一責任者となり、世界から批判を受けざるを得なくなるわけだ。

バイデン氏は情報機関からの報告書を受け取り、WIV流出説に傾いてきているが、それではなぜ入手した情報を全て明らかにしないのか、という疑問が出てくる。例えば、COVID-19に感染した可能性のある3人の研究員の「その後の状況」に関しては何も明らかにされていない。その答えの一つは、情報源の保護があるだろう。全てを公表すれば誰がその情報を米国側に渡したかが分かる危険性が出てくるからだ。そしてそれ以上に、「米国が情報を握った」というサインを北京側に伝えることで、中国側の反応を見守る狙いがあるのではないか。すなわち、中国との今後の外交交渉に利用するために、入手した全ての情報を現時点では明らかにしない方針だろう。

パンダハガー、「千人計画」で欧米から情報を入手してきた中国共産党政権は今、欧米情報機関に国家機密というべきCOVID-19の発生源に関する情報を握られてしまった可能性が考えられるのだ。それが事実とすれば、習近平・中国共産党政権は最大の危機に直面していることになる。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2021年5月31日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。