積極財政で日本経済を回復させよ

玉木 雄一郎

ワクチン接種が進み始めた今こそ積極財政を

東京や大阪などで緊急事態宣言が6月20日まで延長されました。しかし、追加の支援策はほとんど講じられておらず、既存の支援策が微修正された程度です。

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菅政権としては、とにかくワクチン接種を進めるしかないとの方針なのでしょう。もちろん、ワクチンはゲームチェンジャーとなる有効な対策だし、米国の先行例を見ていても、経済の再開の大きな後押しになります。

しかし、米国経済はワクチン接種だけで急回復しているわけではありません。ワクチン接種と合わせ、追加現金給付を含む巨額の財政出動を行なっていることが功を奏しているのです。今から3ヶ月前の3月初旬、米国ではワクチン接種率が2割程度になった頃に、バイデン政権の2兆ドル(約200兆円)規模の財政出動が(「レスキュー・プラン」)が決定されました。これが急回復を後押しするエンジンとなっています。

日本でも、ワクチン接種が進み始めた今こそ、積極的な財政出動で、経済回復を確実なものにしなくてはなりません。ただでさえ、日本経済は「一人負け」状態にあるのですから。

しかし、日本ではこれまで、少し経済が回復したらすぐ財政出動を弱めることを繰り返した結果、本格的な経済成長の機会を失ってきたと言えます。安倍政権での消費税増増税がその典型です。今回、同じことを繰り返してはなりません。

伝統的な経済学への疑問

そもそも、経済はどのように成長するのか?

この問は簡単なようで、実は答えるのが難しい問です。従来の経済学では、長期的な経済成長率の水準(潜在成長率)は、供給サイドである①労働投入量、②資本投入量、③技術革新の水準(全要素生産性)の3つの要素で決まり、需要サイドの要因は、あくまで短期的な変動を説明する際に問題となるに過ぎないとされてきました。私もそうした伝統的な経済学を学んできたし、長くそう信じていました。

しかし、本当にそうなのでしょうか?

この20年近く強調され続けてきた規制改革をはじめとする供給サイドを強化する政策は、正直、期待された効果を発揮していません。むしろ、消費など需要サイドの不足こそが、長期的な経済成長率に影響を与えているように思えてなりません。

実際、日本経済はこの四半世紀、消費税増税やリーマン・ショック、そしてコロナ禍など、需要サイドとりわけ家計消費に大きな影響を与えるショックを経験してきました。それが、長期的な経済成長率にもマイナスの影響を与えているのではないでしょうか。

これは、個々の企業の投資行動を考えると自然なことです。仮に、何らかの理由で需要が落ち込み売上が減少すると、その企業は、新たな設備投資や研究開発投資を行わなくなるし、新規に人を雇うことをやめてしまいます。需要の減少が、資本や労働投入の減少につながるのは、当たり前と言えば当たり前なのです。

イエレン氏の主張する「負の履歴効果」

2016年10月のイエレンFRB議長(当時)の講演録。

注釈も多く、まるで論文のよう。

こうした個々の企業で想定される現象が、マクロ経済レベルでも発生しているのではないかというのが私の疑問であり仮説です。実は、この考えは、米国連邦準備制度理事会(FRB、日銀に相当)議長であったジャネット・イエレン氏(現財務長官)が、2016年の講演で提唱した考え方です。彼女は、総需要を減少させるショックが、総供給に恒常的な悪影響を残すと主張し、これを「負の履歴効果(hysteresis)」と呼びました。

いわば、需要の低迷の影響は、短期の影響にとどまらず、労働投入量や資本投入量といった供給力にも影響を与え、中長期的な潜在成長率を低下させるという考えです。初めてイエレン氏の話を聞いたとき、自分の頭の中でもやもやしていたものが晴れたような気がしました。

そして、イエレン氏は、この「負の履歴効果」を払拭するためには、一時的に「過熱経済(※)」、すなわち総供給を上回る十二分な総需要と、タイトな労働市場(人手不足の状態)を作り出すことで、供給サイドへの悪影響を反転させるために必要だと説いています。

※ high-pressure economy 「高圧経済」とも訳される。本稿では「過熱経済」とした。

例えば、供給を上回る需要が創出されれば、売上の増加とともに不確実性が解消され、設備投資の増額を通じて経済の生産能力を高めることになります。また、タイトな労働市場は、労働市場に参加することを諦めていたり、非正規労働に従事していた人々を、より生産性の高い、賃金の高い仕事に就けることになるでしょう。さらには、安定した需要が研究開発投資を促し、技術革新を創出するインセンティブも高めることになり、供給力の向上、すなわち潜在成長率の向上につながることが期待されます。

アベノミクスに足りなかった積極財政

今の日本では、まさにイエレン氏の言う「負の履歴効果」が顕在化している状態にあるとも言えます。私たちは、2008年のリーマン・ショックや2014年・2019年の消費税増税を経て、長期にわたり需要、特に消費が低迷する経済を経験してきました。日本のGDPの6割を占める消費が低迷すれば、経済も停滞します。これらの経済ショックによる需要不足が、単に短期的な成長を阻害するだけでなく、まさに「負の履歴効果」を通じて、日本の潜在成長力そのものを低下させてきたとの仮説は、日本にこそ成り立つのではないでしょうか。

安倍政権の経済政策であるアベノミクスには賛否両論がありますが、大胆な金融緩和を通じて人々の期待に働きかけ、こびりついたデフレマインド、言い換えれば「負の履歴効果」を払拭しようとした方向性は間違っていなかったと思います。しかし、金融政策だけで成長率を高めることはできませんでした。約8年にわたる安倍政権の実質GDP成長率は年平均0.9%に過ぎません。潜在成長率も下がり続けています。

私は、アベノミクスに欠けていたのは、積極的な財政政策だったと分析しています。大胆な金融緩和とともに行われた消費税増税を含む緊縮的な財政政策は、ポリシーミックス(政策の効果的な組み合わせ)の観点からも不適切な組み合わせだったと言わざるを得ません。東京財団政策研究所経済データ活用研究会座長の飯塚信夫氏も、財政データからアベノミクスが節約傾向であったと指摘しています。

コロナショック復活のカギ「過熱経済」

そして今、私たちはコロナ禍という新たなショックを経験しています。先日(5月18日)、GDPの四半期速報値が発表されましたが、日本だけが世界経済の回復から取り残されているような状況です。2020年度のGDP成長率はマイナス4.6%で、経済の落ち込み幅としては戦後最悪です。

長期にわたり経済が低迷し、そして、コロナ禍による大きな経済的ショックに見舞われている今の日本こそ、金融緩和政策とあわせて大胆な積極財政政策で「過熱経済」を実現し、こびりついた「負の履歴効果」を払拭すべきと考えます。これまで4半世紀の間やってきたことと同じことを繰り返すだけでは、労働市場のタイト化や賃金の上昇、設備投資の増加、そして研究開発費の増加による生産性の向上は期待できないでしょう。

他方で、総供給を大幅に上回る総需要を人為的に作り出す「過熱経済」には、インフレや金利上昇というリスクが伴います。イエレン財務長官が主導したとされる総額約6兆ドル(約650兆円)にも及ぶバイデン政権の積極財政政策は、すでに物価上昇と金利の上昇を招いています。しかし、日本ではむしろデフレに逆戻りのような現状なので、インフレという副作用は小さいと考えられ、「過熱経済」に導く積極財政を取り入れやすい環境にあると言えます。

10年で150兆円の積極財政策を提案

私は、日本で「過熱経済」を実現するためには、日本のGDPの3割、約150兆円を今後10年間で投じることが必要だと考えます。そして、ワクチン接種が進み経済再開の目処が立ちつつあり今こそ、積極的な財政出動の絶好のチャンスだと考えます。

加えて重要なことは、短期的には需要維持のために必要な財政支出であり、かつ、長期的に供給サイドを強化する、すなわち国の将来にとってリターンが大きい気候変動やデジタル、教育や出生率向上に資する分野への財政支出を積極的に増やすことです。米国同様、以下の3つのプランを柱にすればいいと思います。

①コロナから生活と仕事を守る「経済救済プラン」(50兆円)

現在、日本には30兆円程度のデフレギャップ(国の経済全体の総需要より総供給が多い状態。景気の停滞を示す)が存在します。供給を上回る需要を作り出すためにも、これまで国民民主党が主張してきた1人10万円の追加現金給付や固定費を最大9割支援する事業規模に応じた補償、税や保険料の減免など、まず30兆円規模の補正予算を速やかに編成し、「公需」を追加します。さらに、コロナ自粛の反動による「リベンジ消費」に火を点けるための消費拡大策を大胆に打ち出すことが必要です。その際、米国の一人当たり計3,200ドル(約35万円)の現金給付が消費の回復に貢献したことも参考にしながら、さらなる追加給付や、キャッシュレス決済などを活用した貯蓄に回りにくい形での還元キャンペーン、そして、時限的な消費税の減税を実施し、消費を喚起します。

②新しい時代の競争力をつくる「未来づくりプラン」(50兆円)

未来への投資も重要です。新しい時代の成長基盤と安心をつくるため、老朽化した橋や道路などのインフラ更新、防災・減災対策に20兆円、そして、EV(電気自動車)や次世代蓄電池の開発、送電網の強化や半導体生産支援をはじめとしたカーボンニュートラルへの対応やデジタルインフラの整備などの新分野に対して30兆円の合計50兆円を、今後10年程度にわたって計画的に投資していきます。

③新しい時代の人材をつくる「人づくりプラン」(50兆円)

石油や天然資源のない我が国にとって最大の資源は人材であり、これからのAI時代に対応した人づくりが必要です。もともと明治時代の「富国強兵」が出発点となっている今の日本の教育システムでは、AI時代を生き抜くことは難しいでしょう。所得格差による教育格差が将来の「希望格差」につながることも無視できない課題です。そこで、就学前から大学卒業までの教育完全無償化や公教育の充実、教師、保育士等の待遇改善、そして、教育・科学技術に対する財政支出を現在の年間5兆円から倍増させ、10兆円規模に増やします。これも10年程度かけて50兆円を投資しますが、その後も元に戻すことなく維持します。

財源としては、2%程度のインフレ率が達成されるまでは、私がかねてから主張している超長期の「コロナ国債」や、「こども国債」(あるいは「教育国債」)で対応します。将来的には、国際協調による法人税増税(最低法人税率の創設等)や年間所得1億円以上の富裕層への課税、とりわけ金融所得課税強化を導入します。世界的な課題である格差是正の観点も重要です。

ただ、なんと言っても今、歳入を増やす一番の方法は、経済を回復させ、景気に連動して法人税、所得税、消費税が増えることです。昨年度の財政の悪化のほとんどは、経済低迷に伴う法人税、消費税、所得税の減収が主な要因でした。景気が回復すれば、増税をせずとも税収は8~10兆円程度は自然に増えるでしょう。

また、プライマリー・バランス(基礎的財政収支)の黒字化など財政収支の議論は平時においては意味がありますが、日本経済をコロナ危機というショックから「負の履歴効果」の払拭を含めて脱出させるまでの間は一旦棚上げにすべきです。なぜなら、これまでプライマリー・バランスの赤字が問題とされたのは、国債金利が名目成長率を上回ることが前提だったからです。日本では、2013年以降、国債金利が名目成長率を下回っているので、赤字を埋め合わせなくても、債務残高のGDP比を一定水準に維持することは可能です。国際通貨基金(IMF)の元主席エコノミストでピーターソン国際経済研究所シニア・フェローのオリビエ・ブランシャール氏は、日本がプライマリー・バランスで2.5%近い赤字を続けても債務残高のGDP比を一定に維持できると試算しています。

アベノミクス後のマクロ経済政策が必要

今、日本は岐路に立っています。そして、アベノミクス後の日本の経済政策も岐路に立っています。ここで経済政策を間違ってしまうと、長期にわたって経済が低迷を続けることになり、日本は沈没する道を歩むことになります。米国や中国は、いち早くコロナ禍による経済低迷から抜け出しました。日本でもワクチン接種が進めば、一定の経済回復が期待できますが、米国と同様にワクチン接種の進展にあわせて的確かつ大胆な積極財政策を講じれば、長年しみついてきた「負の履歴効果」を払拭し、デフレ経済から脱却するチャンスに変えることも可能です。

しかし、残念ながら菅政権にはこうした現状認識と危機感が欠けています。事実、コロナの緊急事態宣言を三たび発令しておきながら、今国会での補正予算の編成もしない方針を固めています。私たち国民民主党は、4月23日に30兆円の緊急経済対策を提案していますが、この緊急経済対策を第一弾とした大規模な積極財政プランが必要です。

日本経済は長く需要が不足し、賃金も上がりにくい「冷温経済」を続けたことで、長期的な経済成長率にも悪影響を与えてきたと考えます。この「負の履歴効果」を払拭するために、大胆な財政出動による「過熱経済」が必要です。アベノミクスでも取り除くことのできなかった「負の履歴効果」を払拭し、日本経済と国民生活を改善する経済政策が、今こそ求められています。菅政権ができないようなら、野党側から積極的な経済財政政策を提案していきます。


編集部より:この記事は、国民民主党代表、衆議院議員・玉木雄一郎氏(香川2区)の公式ブログ 2021年5月31日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方はたまき雄一郎ブログをご覧ください。