ワクチン接種先進国にみる新規感染者減の実態

日本でもワクチン接種が今後大幅に進捗していくようだが、現在ワクチンの部分接種率が国民の約半分以上に達している国は、イスラエルの接種率63%を筆頭に9か国ある(イスラエル、イギリス、モンゴル、カナダ、チリ、アラブ首長国連邦(UAE)、アメリカ、ウルグアイ、カタール)。これらの国の五月末の進捗率は下図の通り。参考として累計感染者2位と3位のインドとブラジル、そして日本と世界平均もあわせて掲載した。以下データと資料の出典は「札幌医大 フロンティア研 ゲノム医科学」特設ページから引用させていただいた。

FrankyDeMeyer/iStock

イスラエルとイギリスにおけるワクチン接種後の劇的な感染者の減少は世に知られているが、イギリスと他の国での接種率に大差はない。これらの国の現状はいかなるものなのか、前回のヨーロッパの現状に関する記事に引き続き、新規感染者数の推移を通して眺めてみたい。

まず、これらの国のワクチン接種の進捗状況。イスラエルが接種開始時期も進捗率も一番、次いでイギリス、少し遅れてアメリカ、UAE、チリが三番手、さらに遅れて、意外と言っては失礼だがカナダ、カタール、モンゴル、ウルグアイで接種が開始され、五月末時点で約国民の約半分がワクチンの部分接種を受けている。

いずれも順調にワクチン接種が進捗しているが、では新規感染者の推移はいかがだったのか?

下図は今年に入ってからのこれらの国の新規感染者数の推移、各国が一斉に比較的シンプルな右肩上がりのワクチン接種率カーブを描いていたのに対し、感染者の推移は混迷を極めている印象である。ちなみに横軸の時間軸は接種率の推移の図と同じ。50%という高いワクチン接種率にもかかわらず、ワクチン接種によって感染者は激減する、という期待には少なくとも応えていないように見える。なお、比較のため日本の感染者数推移も加えてあり、右下でイギリスと争っている薄緑が日本。

図があまりに煩雑なので、上図のデータを加工し、ワクチン接種率の関数として新規感染者数の推移を描いた(図は筆者作成)。以前にも触れたが、イスラエル(水色)では25%の接種率で感染者がピークアウトし以降感染者は激減した。同じく激減が観測されたのがイギリス(黄緑)とアメリカ(赤)で、両国は見かけ上5未満の接種率の時点で感染者はピークアウトを示している。

この3か国に関して注目すべきポイントがピーク時の感染者数、他国と較べて倍以上と感染はより蔓延していた。国民が感染しやすい何らかの理由があるのだろう。それゆえにワクチンが効果を発揮しているとも考えられなくもない。

一方他の6か国においては、感染者数の減少は見られるものの劇的な減少とは言い難い。共に約50%というワクチン接種率ながら、新感染者数の減少の速さはまちまち。アメリカの約10分の1が最大で、UAEでは半減というレベル。ヨーロッパで観測したように、世界に散在するワクチン接種先進国においても、新規感染者の減少=ワクチンの効果のばらつきは大きい。

効果のばらつきが大きいという不都合な真実は、ワクチンよりもより強力な感染拡大と収束に影響する何らかの要因の存在を意味しているように思われる。もともと感染者の率が低い国の国民は、何らかの自然ワクチンのような免疫をすでに獲得していたと考えることもできるだろう。いわゆるファクターXであるが、ただしこれらの国においてはそれほど顕著なものではない。

多くの欧米のワクチン接種の進捗している国々においては、現在、新規感染者数が日本を下回る国も多く、ワクチンの効果を否定するものではない。しかし、劇的な効果を見せる国ばかりではなく、また劇的な減少を示す国の特異性を見てとることもできる。

いずれにせよ現在の緊急事態宣言下の日本の感染者率は、今こそワクチン接種により感染の収束した欧米諸国並みもしくはそれを上回っているが、この1年間は欧米と比べて大幅に少なかった。日本でもイギリス人やアメリカ人と同様の劇的な減少が生じるかと問われれば、イエスとは答えにくい、と考える方が冷静な見方のように思える。

ここでアメリカの例を少し詳しく時系列で見る、下図は著者作成。ピークアウトした1月中旬から2月末まで一定の割合で接種が進み、3月初めから4月下旬まで接種が加速した。では、新規感染者はどう推移したか?

2月下旬までは感染者の急減を観測したが、それ以降4月中旬まで新規感染者は横ばいになっている(図の黄の線の間)。この間、実は上述の通りワクチン接種が加速した時期で、接種率は15%から38%と倍増している。それにもかかわらず、新規感染者数減少は見られなかった事実は注目に値する。

要因として、感染者の少ない州でのワクチン接種が進んだからなどといくつかの可能性をあげることはできるが、合理的で意味のある説明は多分不可能なはず。

その要因の可能性を示唆する図がこちら。下図は上図と同じく今年の新規感染者数の推移であるが、アメリカに加え、南北アメリカ、全ヨーロッパ、アフリカ大陸全体のそれぞれの平均を合わせて示したものである。緑の線で示した期間は、アメリカの黄色の線で示した期間と同じである。

驚くべきことにアメリカで感染者は横ばいだったが、他の遠く離れた3つの広大なエリアにおいてマクロにみて、新規感染者数は横ばいだった。更に驚くべき事実は、黄色の枠で囲った時期。

年初のピークアウトからアメリカやイギリスで大幅な新規感染者減が観測されたこの期間に、他の3地域でもまるで水泳のシンクロのように感染者がピークアウトし、感染者が減少していることである。ヨーロッパでは多少ワクチン接種が進んでいたかもしれないが、南アメリカの国々や、ましてやアフリカ大陸ではゼロに近いワクチン接種率であるにも関わらず、だ。この地域の国々の合計は100か国を上回るであろう。それらの国々が平均として同じ挙動を示す様はまるで神の手に操られた操り人形のようだ。

この事実は、明らかにワクチン以外の何らかの感染収束要因が厳然として存在すると考えた方が合理的だろう。イギリスとアメリカにおける5%の接種率でのピークアウト、ワクチンって劇的に効くんだと思うのは勘違いで、単に時期が重なった結果だけであり、運が良かっただけの可能性はかなり高い。

ワクチンが感染防止に効果があるのは確かだ。一方、ワクチンよりもはるかに強大な感染の拡大や収束をコントロールする未解明の要因があるのも確かである。このこと自体は一年前から想像されていたが、期せずしてワクチンの世界的な接種の進捗により、その存在がより明らかになったように思われる。