英貴族院で証言した白川前日銀総裁の鋭利な警鐘

中村 仁

超金融緩和は緊急時に限れ

白川前日銀総裁(08~13年)が英貴族院(上院)の経済問題委の「量的金融緩和に関する公聴会」に招かれ、金融財政政策に対する鋭利な批判を述べました。本来なら日本の議会で検証すべき問題です。

白川前日銀総裁 Wikipediaより

日本に向けた批判とともに、超金融緩和、ゼロ金利で先行した日本を欧米が後追いし、主要国が金融財政の拡張政策のワナにはまっていることに対する警鐘を鳴らしていると、言えます。

日銀ウォッチャーといえる加藤出氏(東短リサーチ)がマンスリー・リポートで、白川証言を詳しく紹介しました。証言を読んで感じるのは、英貴族院では元中央銀行総裁も議員で、高度な知識を持った議員が少なくなく、日本と違い、堂々の政策論を議論をするという点です。

貴族院の議員は非公選、終身ですから、目先の問題にとらわれず、長期的な国家利益、国家の行く末を考えて議論できる。日本は参院が衆院化し、二院制の意義がなくなっているのとは大差があります。

綻びが目立ってきた民主主義制度の将来のためにも、日本は国会や政治のあり方を基本から考え直し、グランドデザインを書き直さないと、このままずるずると、二流国への道を歩むことになります。

白川氏が貴族院に招かれたのは、「イングランド銀行(中央銀行)の量的緩和政策が日本のように長期化したらどうなるか」の議論をするのが目的でした。まさに世界経済の中枢的な難問だし、異次元緩和で先行した日本にこそ聞きたいテーマなのに、日銀総裁ははぐらかしてばかりいます。

白川氏は「1980年代、日本の経済成長率は平均2・5%(G7で最低)で、欧米の半分以下。80年代後半の超バブル期でも1%未満。日本のインフレ率はずっと低かった。最近のことではない」と、説明しました。

その理由として「グローバル化、IT革命による技術進歩でディスインフレ(物価上昇率の傾向的低下)が起き、どこの国も物価は並行的に下落している。日本は終身雇用制が背景になった低失業率と低い賃金上昇率により、以前からインフレ率が非常に低かった」ことをあげました。

「デフレは貨幣的現象だというマントラ(呪文、祭詞)信者がいる」と、痛烈な警句を発しました。「通貨供給量を増やせば、インフレ予想を変えられ、物価は上昇する」と唱えたマネタリストの学者、黒田現総裁、それを政治利用した権力者もマントラ派でしょう。

「日本は金融緩和を30年間(1990~2020)以上も実施している。経済ショックが一時的ならば、金融緩和は効果があっても、長期的、構造的な問題を解決するためには使えない。長期化すればするほど、緩和の効果が小さくなる」。だからずるずると、緩和のワナにはまり抜け出せない。

人口動態の変化(少子高齢化)、グローバリゼーション、IT化など多様な構造的な要因でデフレが起きている。これらは解決が困難な課題であるために「マネタリズム、財政拡大政策に過度に依存してしまう。日本が15年早く経験したことを欧米は後追いしている」と。

政府と中央銀行の関係を問われると、「協調という言い方で考えるのは的確ではない。二つの機関(政府と日銀)の分業が適切に設計されていることが重要である」と指摘しました。

政治は選挙に勝ちたいという目先の誘惑のために、中央銀行に金融緩和の長期化を強いる。ゼロ金利で苦もなく財政を拡張できる。増税よりも、有権者への負担が見えにくい金融緩和の道を選ぶということです。

特に日米では、「協調」といっておけば聞こえがいい言葉を操り、政府と中央銀行の一体化というワナにはまっています。中央銀行のゼロ金利政策によって、「政府は高い金利を払うことなく借り入れを続けられる。ゾンビ企業(死に体企業)も生き続け、低生産性の原因になる」と。

こうした証言を日本の議会で聞きたかった。日本では野党も、政権の揚げ足取りに走り、金融財政の将来を熟慮する姿勢がありません。

英貴族院における前日銀総裁の証言を、日本のメディアは報道していないようです。4月20日の公聴会です。英国ではコロナ危機の最中でも、こうした議論を忘れることをしない。日本も学ぶべきでしょう。

日本の経済学者は欧米発の経済理論の引用、借用の競争ばかりしています。日本が先頭に立った超金融緩和と財政膨張、それによる政府債務の巨大化、長期化のワナからどう脱出するか。日本こそ新しい経済理論を考えだしてもらいたいと思います。


編集部より:このブログは「新聞記者OBが書くニュース物語 中村仁のブログ」2021年6月4日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、中村氏のブログをご覧ください。