楽天の再挑戦:「送料無料化」の突破なるか?

6月12日の産経新聞ニュースより。

楽天出店者組合、送料無料化に法的措置も
楽天グループが運営するインターネット通販サイト「楽天市場」の一部出店者でつくる任意団体「楽天ユニオン」が、楽天側の一方的な契約約款の変更に対し、法的措置を含め…

楽天グループが運営するインターネット通販サイト「楽天市場」の一部出店者でつくる任意団体「楽天ユニオン」が、楽天側の一方的な契約約款の変更に対し、法的措置を含めた対応を検討していることが12日、分かった。楽天は5月、出店者に事前告知せずに、出店プランを変更する際には商品の送料無料制度への参加を義務化しており、楽天ユニオンは独占禁止法や民法に抵触する懸念を指摘している。

楽天市場(以下、「楽天」)は今年5月「出店者が出店プランを変更する場合は制度の導入を義務化するように約款を変更し」、「出店者が事業の拡大や縮小をしようとすれば、送料無料制度に参加せざるを得なくなる」(同記事)とのことだ。多少時間はかかるが結果的に(ほぼ)「一律の送料無料化」が実現できると考えているのだろう。

楽天ロゴ

楽天の流通戦略の全体像については担当者に聞いてみないとわからないが、Amazon等との対抗上、楽天としてはこの送料無料化は譲れない一線ということだけはわかる。送料についてのバラバラな対応は使い勝手が悪いという印象をユーザーに与え、実際に楽天市場をよく使う筆者もそう感じることがある。確かに、送料込みの価格で比較可能であればそれでユーザー側からみた問題は解消されるともいえるが、「送料の負担」感をユーザーに与えるのはやはり一般消費者相手の商売としては避けたいところだ。「送料込みの値段」を「送料無料の値段」と称すればいいだけ(この「無料アピール」のマーケティングは宿泊施設では定番だ)という指摘もあるが、柔軟な送料設定の余地を保持しておきたい店舗も多かろう。

独禁法上の優越的地位濫用規制については過去にも触れた(「「送料無料」をめぐる攻防:楽天vs楽天ユニオン」等参照)が、改めて言及しておこう。優越的地位濫用規制は、ごく簡単にいえば、「取引関係上、強い立場(優越的な地位)にある事業者が取引相手に対して合理性を欠く要求をしたり、不利益を押し付けたりする行為を禁止する」ものであるが、ビジネスの世界においては立場の強弱は不可避のものであって、取引関係上優位にある事業者には優位にある理由があるものだ。魅力があるが故の優位であるならば、一定の交渉力を行使することを否定してはならない。何故ならばそれはビジネスの否定であるからだ。しかし、取引相手にとって他の取引相手への乗り換え(あるいは独自展開)の選択肢が喪失された状態で、そのような力の行使をするのは許されない。何故ならば、それは「魅力があるが故の優位」とはもはやいえないからだ。楽天の場合、送料無料化問題でワークマンが楽天から撤退した(拙稿「ワークマンが撤退へ:楽天「送料無料」問題②」参照)が、この場合、ワークマンは楽天との関係では「優越的地位に立たれなかった」ということになる。しかし、「今、悲鳴をあげている店舗」はそうではない。

楽天側からすれば、「楽天に魅力があるから他に乗り換えようがない」のであって、楽天の行為が「優越的地位」の「濫用」と呼ばれるのは心外だろう。優越的地位濫用規制は一部論者からは評判が悪く、立法論として「廃止すべき」との声は決して小さくはない。自由市場を機能不全に陥れる独占の弊害ではなく、取引関係上の交渉事に介入するのはもはや中小企業保護立法の発想であり独禁法への本来的要請の射程外だという意見は、理解はできる。独禁法は確かに、最近、働き方の領域にも手を伸ばし始めるなど、競争を保護したいのか、競争に参加する「者」を保護したいのか、曖昧になりつつある。曖昧にしている根源はまさに、優越的地位濫用規制なのである。

そういう事情もあってか、公正取引委員会が作成、公表している「優越的地位の濫用に関する独占禁止法上の考え方」では、競争に与える影響について、次の通り記述されるに至っている。

・・・取引の相手方の自由かつ自主的な判断による取引を阻害するとともに,・・・取引の相手方はその競争者との関係において競争上不利となる一方で,行為者はその競争者との関係において競争上有利となるおそれがある・・・。

「自由かつ自主的な判断による取引を阻害」というが、何をもって「自由かつ自主的」というのかは曖昧すぎて、このような基準はあまり「役に立たない」と考える論者は少なくないはずだ(筆者もその一人である)。独禁法である以上、競争への影響を問題視せねば、ということで「競争上の不利・有利」という記述を「接ぎ木」したのだろうが、自由市場それ自体の機能不全を問題にしているのか、個別の競い合いのレベルの話をしているのか、これもまた曖昧である。

この「競争上の不利・有利」ということを問題にするならば、今回の楽天の再度の挑戦はどう評価できるのだろうか。

楽天はこの送料無料化で競争上有利となるか。なるだろう。しかしそれはAmazon等との対抗上、必要な競争上の有利化である。不当なそれではないはずだ。では、店舗はこの送料無料化で競争上不利となるか。楽天の店舗が「楽天以外の選択肢を持たない」という前提であれば、一律の送料無料化は「誰を不利にする訳でも有利にする訳でもない」という理屈が成り立つかもしれない。楽天に乗っている限りでは条件は同じのはずだからである。楽天以外との戦いにおいて有利・不利があるというのであれば、それは楽天それ自体の有利・不利ということになるが、その点においては楽天が有利になるのであれば店舗も有利になるという関係があるのではないだろうか。そのような疑問に店舗側はどう答えるのか、一つのポイントになるかもしれない。

楽天は昨年、公正取引委員会から独禁法違反の疑いを指摘され、送料無料化案を一旦撤回している。今回は、約款改正を絡め、プランの変更という条件付きでの送料無料化とのことなので、事情は前回とは違うということか。リーガル部門が「何をどう評価した」のか筆者にはわからないが、優越的地位濫用規制の一つの肝である「双方間で条件を詰める交渉のプロセス」はどのようなものだったのか、そしてこれからどうなるかが気になるところである(報道を見る限りでは「これまでは一方的だった」とのことであるが)。

公正取引委員会はどう動くだろうか。今後さらに事実が明らかになった段階で、もう一度筆を執りたいと思う。