AIが創作・・「お客様の声」にも監査が必要な時代へ

黒坂岳央(くろさか たけを)です。

読売新聞の記事によると、AIで作り出された架空の人物画像が、多数の業者によって宣伝に使われていたという。この記事を見て大きな衝撃を受けた。今回の事件は決して「企業の出来心」などで済ましてはいけない。極めて重大な問題だと感じる。

この技術が乱用されることで、もはや消費者が「お客様の声」に対する信用はゼロになってしまい、誠実に実在の生の声を取り上げる倫理観のある企業まで影響を受けることになる。一部の倫理観のない悪徳業者のせいで、すべての企業活動が阻害される事態は、憎むべき経済犯罪と言っていいだろう。

Feodora Chiosea/iStock

「お客様の声」の偽造は見抜くことが不可能になった

従来より「創作されたお客様の声」は存在していた。シンプルにそれをすることで、売上増につながるからである。だが、ユーザー側はバカではなく、こうした創作はバレていた。

フリー素材サイトの画像を使っても、Google画像検索によってたちどころに出典元が明らかになった。また、同じ人物の使い回しをすれば「これはサクラだ」と見抜くユーザーも現れた。テレビ番組で「街の人の声」と称して、劇団員を映してあらかじめ用意していたセリフを言わせているケースも今やすぐにバレてしまう。「サクラとバレると信用が落ちる」という事実が、架空のお客様の声を創作しちあ企業の抑止力になっていただろう。

だが、今回のAI画像の利用はまさに衝撃的だ。ユーザー側が見抜くことがいよいよ難しくなったからだ。AIの作成する人物画像は、大変リアルであり目検で創作と見抜くことは事実上不可能に近い。

インフルエンサーの紹介する商品サービスも盲信できない

AIによる創作とは異なり、影響力のある人物が、ブログやYouTubeで「これがオススメ」と紹介する商品サービスなら、信用できると思う人もいるはずだ。いわゆる「企業案件」と呼ばれるが、筆者はこれも盲信できないと考えている。

筆者は決して大きな知名度も影響力もない。ほぼ無名に等しい一般人ビジネスマンに過ぎないのだが、そんな筆者の元にも「ブログやYouTubeで紹介してほしい」という企業案件はこちらが驚くほど提案を受けてきた。紹介してほしいというサービスや商品名で検索をすると、他のブロガーやYouTuberがこぞって取り上げている。しかもその多くは内容を絶賛し、一切の批判めいたことは言っていない、いかにも忖度の匂いが漂う。

筆者は一度、提案をお受けする条件として「忖度はできない」と伝え、本音のままにブログ記事を作成したことがあった。しかし、相手から「この部分は修正してほしい」と指摘が入り、悩んだ末に提案が立ち消えたことがあった。それ以降、企業案件は一切受けていない。筆者を信用してくれた読者や視聴者を裏切ることで失う利益は、企業案件で入ってくる報酬とは到底天秤にかけられるものではないからだ。

お断りしておくと、筆者は企業案件とそれを請け負うブロガーやYouTuberをダメだと言っているわけではない。コストをかけたマーケティング活動の一環であり、自由にやればいいと思っている。問題は「創作性」にある。

「お客様の声」にも監査が必要な時代へ

企業と消費者の間には、大きな情報の非対称性が存在する。これを是正するためには、第3者による監査が最も効果的だと考える。

「情報の非対称性」とは、企業側は持っている情報を消費者側が知り得ない、という不均衡性を意味する。お客様の声は、極めて大きな情報の非対称性が存在する。今回の件のように「お客様の声」にAI画像を使われれば、それが偽造されたものと見抜くことは容易ではない。筆者からの提案としては、お客様の声にも監査の必要性があるということだ。

本来、監査とは企業会計において作成された財務諸表を、第3者の立場である監査法人がチェックすることを意味する。お客様の声もこれと同じ要領で、第3者によるチェックを入れようという考えだ。お客様の声は企業側が本気で創作にかかれば、消費者はそれを見抜くことができない。そのために第3者の立場で「このお客様の声は創作されたものではない。恣意的に良いものだけを取り上げられていない」と証明するということだ。

筆者はフルーツギフトショップの会社を経営し、英語多読のオンラインスクールを運営している。当たり前だが「お客様の声」を販売ページに掲載している。「いざ第3者から出典元を求められたら、即座に提出可能な実在するものだけ」を取り上げている。企業が倫理観をなくしたら、もはや存在意義がないと考えているためにここは誠実にいかなければいけない。筆者のようにまじめにお客様の声を掲載している企業は、監査サービスがあれば喜んで受けるだろう。

問題はその実現可能性やコストである。「監査など、あまりにもコスト高で非現実的だ」という反論もあるだろう。だが、販売者にとっての「お客様の声」は消費者の購買を決する大きなファクターだ。そのお墨付きを与えられ、消費者の信用を完全に勝ち取ることができるなら、喜んでコストを払う企業は存在すると思っている。利益率の高い商品サービスを取り扱う、美容系の商品や健康食品、自動車メーカーやハウスメーカーはまっさきに参入するのではないだろうか。

今回の件は、「お客様の声」という概念を完全に破壊しかねない恐ろしい事件だと感じる。信用できるお客様の声には、販売者自身が信用を獲得するか、第3者による監査がソリューションの候補になるのではないだろうか。

 

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ビジネスジャーナリスト
シカゴの大学へ留学し会計学を学ぶ。大学卒業後、ブルームバーグLP、セブン&アイ、コカ・コーラボトラーズジャパン勤務を経て独立。フルーツギフトのビジネスに乗り出し、「高級フルーツギフト水菓子 肥後庵」を運営。経営者や医師などエグゼクティブの顧客にも利用されている。本業の傍ら、ビジネスジャーナリストとしても情報発信中。