非難決議を潰したのは誰か?
中国の新疆ウイグル自治区での人権弾圧への抗議の一環として国会で採決されようとしていた対中非難決議の採決が見送られることが15日に分かった。これを受けて、誰が非難決議を潰したかについての粗探しが始まっている。
一時は歴史的にみて中国との関係が密接な公明党が非難決議の採択を防いだとされていたが、公明党の副代表である北側氏は自民党がまとまらなかったことが原因だとして、公明党に対する批判をかわした。
そうすると次は自民党の誰が非難決議を潰したかに論点が推移していった。そして、現在自民党内で中国に対して強い態度に出るべきだと主張している層から圧力を受けているのが二階幹事長の側近の林幹事長代理である。保守派ジャーナリスト有本香氏によると、対中非難決議を自民党として承認するために二階幹事長が文書にサインしようとしたところ、側近の林幹事長代理がそれを制止したというのである。ネット番組に登場した自民党議員がこのようなやり取りがあったことを是認している。また、有本氏は幹事長室から文書が送られてきたとしており、その内容次第では二階ラインによって対中非難決議が事実上消滅したという説が有力になる。
現段階では非難決議を潰した「主犯格」が誰なのかがはっきりしていない。その人物は、もしかすると心の底から日中親善を希求しており、今回の決議によって、二国間の関係にひびが入ることを危惧したのかもしれない。しかし、その人物が誰であろうと、非難決議をブロックしたことによって、真逆の結果が引き起こされようとしていると筆者は考える。
なぜなら、非難決議が阻止されたことでますます対中圧力を望む勢力が勢いを増す可能性が出てきたからである。逆に非難決議を通す形で「ガス抜き」を図れば、当面の間は対中強硬派が沈静化して、親中派の人々が望む日中関係が維持されることにつながったと考えても不思議ではない。そういう意味では今回非難決議が採択されなかったことは親中派の戦略は誤った対応だったと言わざるを得ない。
「ガス抜き」を誤ったことで、さらなる強硬路線を生み出した歴史が日本にはある。1927年の幣原外相による南京事件の対応がその一例である。
中国への不干渉を貫いた幣原外交の末路
1927年の南京事件とは中国国民党軍を率いる蒋介石が中国統一を目指した北伐の過程で南京に進入したことによって生じた事件だ。南京に入城後、国民党軍は現地の外国領事館やそこに住む外国人を襲撃し、南京に権益があり、自国民を殺害されたことに怒ったイギリスとアメリカは報復措置として中国を砲撃した。
しかし、日本は米英同様に国民党軍の被害に遭い、加えて米英から共同で報復をすることを要求されたが、当時の外相であった幣原喜重郎外相のイニシアティブにより、その要請は拒否。そして結果的には日本は南京事件に不干渉の立場を取ることを貫いた。
幣原はこの一連の対応を政敵から軟弱外交だと非難され、後々にそれが原因で、彼が閣僚であった若槻内閣の崩壊を招くが、彼が不干渉の立場を取った理由は極めて現実的であった。幣原は中国ナショナリズムが盛り上がっていた段階で介入することは逆効果であり、中国国内の抵抗勢力を活性化させ、中国への武力介入は事態の解決にとって適切ではない措置だと判断。幣原は外交交渉で事態を打開することに努めた(彼が主導した外交は協調外交と呼ばれる)。
だが、当時の世論は幣原の考えを理解しなかった。中国で日本人が被害に遭っているというニュースが連日のように報道され、日本国内は急速に対中強硬に傾いていった。その反動として誕生したのが資源獲得、居留民保護のために積極的に中国本土に介入することを公約としていた田中義一内閣である。田中内閣は対中強硬の煽りを受け、幾度と中国への介入を繰り返し、日中関係を修繕不可能なまでに追い込んだ。そして、日本の侵攻にヒートアップした中国人はさらに日本が持つ権益を脅かし、それに過度に反応した関東軍は満州事変を起こし、日中戦争、さらには太平洋戦争にまでつながっていったのである。
遠回りになったが、何が言いたいかったかというと幣原外相の判断の拙さが、恐れていたものよりも何倍も恐れるべき大事態を誘引したのである。
不干渉は日中関係のためにならず
非難決議を潰した人たちは幣原外相と同じような過ちを犯そうとしている。自分たちの頭の中では事態は上向いていくと思っていたのであろう。しかし、それはあまりにも視野の狭い見解である。
今回の非難決議が採決を見送られたことで、ネット上では怒り満ちた声で溢れている。それが実際の世論を反映した声とするかは絶対的ではないが、人権を重要視し、中国が行動を改めることが一定数いることは筆者の肌感覚からして間違いない。世論は非難決議の採決を求めていたはずであり、その要求に答えなかった親中派を標榜する面々は世論の反動に備える必要がある。
本当に日中友好を謳うなら非難決議は今すぐに採択されるべきである。