国防総省職員が中国紙に台湾問題で寄稿:防諜法違反か

米国防総省の事実上の機関紙Stars & Stripes(S&S)は11日、中国紙環球時報に台湾問題について4月と5月に寄稿した国防総省職員を防諜法違反で捜査していると報じた。中国外務省趙立堅報道官がこれに関する質問に15日の記者会見で答えているので、併せて考えてみたい。

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S&Sによれば、国防総省に勤務する元海兵隊少佐のフランク・ゲイルは、今年4月27日と5月27日の2度にわたり、中国共産党の機関紙人民日報傘下のタブロイド紙環球時報(GT)の中国語版に台湾問題に関する自らの所見を寄稿、海軍犯罪捜査局(NCIS)が防諜法違反容疑で捜査している。

GTへの寄稿記事は英語版では読むことができないが、6月12日15日にゲイルの捜査に関する記事が、23日にも彼がバイデン大統領に宛てた公開書簡の記事がある。S&Sの記事にもゲイルの台湾に関する意見の記述があるので、それらの箇所を以下に要約してみる。

12日のGTによれば、4月27日の寄稿でゲイルは、台湾をめぐる中国との戦争に米国は敗れるだろうと主張した。彼はまた、米国政府が台湾の分離主義者(*蔡英文総統)に「一国二制度」を平和的に受け入れ、その「独立」の野心をやめるように助言することを提案した。

5月27日の寄稿では、台湾の分離反逆者を支援しようとすることは、米国人が事前に知っているように、米国の国益に反対すると明言した。 彼はこれを米国人として書いたが、優先順位は米国の国益だと述べた。また彼は、意見は著者自身のもので、米国政府を代表するものではないとした。

S&Sによれば、ゲイルは4月27日の寄稿で、台湾の民主的に選出された指導者を「反逆の分離主義者」と呼び、米国議会の利害を「腐敗」と呼んだ。後者に関連して、23日のGT記事では、ゲイルは米国議員超党派の台湾コーカス(昔の台湾ロビー)をこう難じている。

-未解決の中国の内戦への米国の干渉を奨励する上下議会超党派台湾コーカスの議論は、かつてベトナムの米国の友(AFV)ロビーによって提供されたものの様だ。・・中国と台湾の統一は、米国が中国の島(*台湾)の民主主義を維持するよりもさらに多くの意味がある。-

筆者に言わせれば、ゲイルの主張は、何より23百万余の台湾人の民情を無視した浅薄極まりない論であり、こうしたことが共産中国によるプロパガンダの格好のネタになって、流言飛語に惑わされ易い台湾人の結束を乱す。国際社会で民主主義を尊ぶ国家に暮らす者は厳に戒めるべき主張だ。

それが証拠に趙立堅は記者会見でGT記者の質問に答えて(これを共産中国以外の社会では、自作自演とかパッチポンプとかと称する)こう述べる。拙訳を一部捨象している。

GT:国防総省のフランツ・ゲイルは、米中対立を公然と批判した彼の台湾に関する掲載記事に関し、海兵隊の防諜捜査を受けている。彼は早期退職に直面する可能性がある。これに対するコメントは?

趙立堅:米国は言論と正義の自由の自称チャンピオンではないのか?ゲイル氏は、米国政府とは異なる立場を表明する2つの記事を書いたという理由で捜査中だ。なぜ米国は著者の個人的な意見と明確に記された記事を許さないのだろう?

米国で同様の事件が沢山ある。COVID-19の発生以来、米国で多くの人々が発言した。内部告発者のチュー博士は米国の流行に警鐘を鳴らした。マッカーシー博士は疑わしい症例の検査を保健当局に懇願した。空母セオドア・ルーズベルトのクロージャー大尉は海軍トップに乗組員を上陸させるよう手紙を書いた。これらの人々は政府が好まない真実を語ったとの理由で、口止めされたり、捜査されたり、解雇されたりしたが、これが米国が言論の自由を擁護する方法か? 言論の自由を求めるなら、米国側は虫眼鏡を通して他人を見るのではなく、鏡で自分自身を見る必要がある。

と、まあ言いたい放題だ。が、これが共産中国なら、ゲイルを含む「これらの人々」は運が良くて2~3年、悪ければ一生涯、世間の目の前から消えることになる、と国際社会が良く知っているのを、「虫眼鏡を通して」しか世界を見ることがないこの戦狼報道官はご存じない。

さて、ゲイルはなぜこの挙に及んだのか。S&Sによれば、彼は07年に海兵隊科学顧問として駐在したイラクで、最新鋭のMRAP装甲車でなく、防爆の劣る旧式が使われているのを知り、帰国後にワイアード誌にそれを漏らし、バイデン上院議員らにも知らせて「英雄」と称賛されたことがあった。

しかしNCIS(海軍犯罪捜査局)は08年、これを彼がMRAPの機密文書を漏らしたとして捜査し、配置換えとセキュリティクリアランス剥奪の憂き目にあう。が、彼はMRAPの事件に対する報復だと述べて争い、結局、11年に海軍は彼のクリアランスを復活させた。

つまり、純な正義漢らしい彼にはこうした「前科」があり、今回の台湾の件もその延長らしい。トランプ政権は対中強硬策を取り、バイデン政権もまた北京に対し厳しいアプローチを取っている。イラクにいた頃、ゲイルは台湾が「本当のホットスポット」だと気付いたという。

そこで彼は米軍から、大学院の研究プロジェクトのために中国外交官に取材する許可を得て、中国領事館員の話を聞いた結果、ワシントンが自治台湾に対する中国の主権を認めることを提唱するに至ったという。彼はこの件で、初めてNCISに防諜捜査を受けていて、08年は2度目だった。

今回は、昨年来のコロナウイルスの起源をめぐる論戦などで米中間で緊張が高まったので、予てからの台湾に関する主張を上司の許可を得て1月に海兵隊官報に載せ、トランプやバイデン、キッシンジャーら当局者にコピーを送ったところ、キッシンジャーは「思慮深い視点」とゲイルを褒めたという。

我が意を得たゲイルはワシントンポストなどに同様の論説を提出した。が、相手にされず「彼の論説を望んでいると確信する」GTにメールを送信した。「国防総省の公務員なのでDCで広く読まれる」と自己PRもしたそうだ。斯くて4月27日、寄稿は掲載された。

この辺りGTは、編集者が4月20日に受け取ったメールには「貴紙は米国の台湾政策がもたらす危険性の警告を公開することに関心があるか?」、「米国は台湾問題について常識を用いる時間が不足している」とあり、また「以前に米国や西側のメディアに記事を送ったが、断るか返答しなかった」とあったそうだ。

さらにGTは、記事に対する報酬の申し出を彼は拒否した-全ての著者に支払うが拒否する人もいる-ほとんどの場合、それは書く義務があると信じている人だ、とゲイルを持ち上げる。S&Sも「1,000元のGTの申し出を拒否したメール交換をポストに見せた」とのゲイルの言を書いている。

ゲイルの父親は、ユダヤの血の混じるドイツ人だが、ドイツ空軍の空挺部隊員になった人物で、ミネソタ州で建築家になる前、米軍の捕虜収容所で過ごしたという。ゲイルは「初めに水に飛び込んだ」父から強さを受け継いだといい、GTへの寄稿もそれに倣ったと述べる。

感想を述べれば、やはり彼は純な正義漢だろう。が、世の中には、悪意のない正義漢の思い込みほど始末の悪いものはない、と感じることが良くある。ポリコレなどはその好例だ。政治でも宗教でも、先導者の口車に載せられて、一生懸命になってしまう人々は決して少なくない。

米国が「台湾問題について常識を用いる」ことを願ってやまない。