東京五輪の出場権を賭けたマイアミでの予選でキューバ代表から失踪した選手は3人。それに心理専門医を加えた計4人だ
ソフトバンクに所属しているキューバ出身のアンディ・ロドリゲス投手が東京オリンピックの出場権を賭けた予選で米国入りしていたが失踪したことが6月5日付のキューバのメディアでも一斉に報じられた。(CUBA, CESAR PRIETO HUYE DEL REGIMÉN. 25-06-2021.)
結局、ロドリゲス投手を含め3人の選手とチームの心理専門医ひとりの4人が亡命したことになる。その火種をつくったのがセサル・プリエト二塁手の亡命であるが、キューバのテレビ局が同選手とインタビューしていた映像が6月22日に誤って放映された。二分後にそれに気づいたテレビ局ではすぐに別の映像に切り換えたというハプニングがあった。祖国を捨てた選手のことなどキューバの市民の間では思い出してもらいたくないという国営テレビ局の意向のようだ。
セサル・プリエト二塁手(22)は現在のキューバの野球界の逸材とされている選手だ。キューバチームの選手がマイアミに到着して宿泊するホテルの前で下車した時に彼は待機していた車に乗車して行方をくらましたというのだ。
プリエト選手はキューバ野球界で「ヒットの帝王」と呼ばれていた。2017年にデビューして以来4シーズンで打率0.370を維持した。キューバの野球熱狂者ホセ・エイリケ・ゴメス氏は失踪したことは正解だ、と評価した人物だ。勿論、それは米国の大リーグに挑戦するのは明白だという理由からである。同氏はキューバネット紙の取材に答えて「現時点でキューバの野球界では最も将来性ある選手だ。完璧な選手だ。盗塁、素早さ、守備も非常にうまい、そして打撃のリーダーでもある。今シーズンは連続してヒットを重ね打率0.403を記録していた」と述べた。キューバ電子紙「キューバネット」(5月28日付)から引用)。
セサル・プリエト選手の失踪を歓迎しているひとりに大リーグで活躍したレネー・アロチャ氏がいる。同氏は「Goodだ、兄弟よ。歴史を築いているのだ。丁度30年前に私は君と同じような決断をした。殆ど同じ年齢だった。30年後の今、1991年のあの見事な失踪に後悔したことは一度もない。君も同じことを言うようになる。この偉大な国に到着するのにあの悪魔の国をあとにしたのだ。自由のあるところに来たことに歓迎するよ、兄弟」とファイスブックにて述べた。(キューバ電子紙「オン・キューバ」(5月27日付)から引用)。
失踪したプリエト選手がいなくなったキューバ代表選手の一人は匿名希望で「試合が始まる前に我々は既に燃え尽きてしまった」と語り、失踪には驚かなかったと指摘した上で「試合に臨んだ後に失踪することもできたはずだ。それがこれまで亡命した選手がやっていたことだ」と語って取材に答えた。キューバで野球をやっている限り将来性はないということだ。だからそれに自らの可能性を賭けたいと感じた選手は亡命を試みるということなのである。
半官半民のエスカムブライ紙(Escambray)のエルサ・ラモス記者はより良い生活を求めてキューバのスポーツ選手が外国に逃れるのはこれが最後ではないと指摘している。ラモス記者はトランプ前大統領がキューバ野球連盟と大リーグとが合意に至ることを拒んだことにも批判している。米国がこの合意を拒んだ理由はキューバの選手が米国でプレーできるようにするためにキューバ政府が多額の資金を要求していたということが理由だとしている。多額の資金をキューバ政府に支払えばそれがキューバの現政権を永続させることにつながるとトランプ前政権は判断したからである。(キューバ電子紙「ペリオディコ・クバノ」5月26日付参照)。
しかし、今回の失踪事件による精神的な衝撃から他の選手は抜け出すことができなかったようで、ベネズエラとカナダに敗退してキューバは出場権を失った。1992年のバルセロナオリンピック以来連続して出場していたキューバにとってショックは隠せないものになった。
92年のバルセロナ、96年のアトランタ、2004年のアテネと金を獲得しているキューバではあるが、今回の事件をきっかけにキューバ政府は新たな取り組みが必要となっている。
チームが敗退して東京五輪に出場できなくなった後、今度はキューバ野球チームの心理専門医ホセ・シレ・フィゲロア氏が帰国することなく米国に残留したことが判明した。そのあと冒頭のアンディ・ロドリゲス投手も同じように米国に残留することを表明したのである。ロドリゲス投手の場合は父親が米国に在住している。もう一人メキシコでプレーしていた選手も米国に残留した。
今後は野球以外でもキューバ代表選手が外国でプレーする場合の選手への監視がより厳重になるのは必至である。