ワクチンは新型コロナの変異株にも有効である --- 山本 和生

WHOは、コロナのアルファー株(N501Y)、ベータ株(N501YとE484K)、ガンマ株(N501YとE484K)、デルタ株(L452R)、の4株について、懸念される変異株( variant of concern; VOC)として注意を呼びかけています。従来に比べて感染性が高まり、感染すると重症度が高まり、あるいはワクチン効果が低下すると考えられています。多様な観察があるので、決定的なことは言えませんが、従来株に比べてアルファー株の場合、1.3〜1.7倍の、デルタ株の場合2倍近い感染上昇が見られるようです。従来株に比べてコロナウイルスは変異の頻度が高く、抵抗性株が数限りなく生まれると懸念される所以です。

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以上のことを踏まえ、ここでは変異株4種だけでなく、今後も生まれるかも知れない感染上昇株に対し、ワクチンは有効であることを説明したいと思います。感染性の変化に関わる変異株は生まれてきますが、ワクチンはそれら変異による重症化や死亡を常に阻止し、ワクチン抵抗性変異株というようなコロナ変異は生まれてこないと言うことです。

VOCと言われる変異株は、コロナウイルススパイクタンパク質の変異株で、その昔動物を宿主としていたコロナがヒトに感染したことが契機となって生まれてきたものと考えられます。変異の場所は、スパイク蛋白のS1領域で、宿主のウイルス受容体と直接向き合う場所及びその周辺です。ウイルスRNAを複製する途中で偶然生じた変異の中にこのようなものがあったと言うことです。ウイルス感染者の細胞中に、ほんの少しの感染性の強い子どもウイルスが存在するとします。次の世代に感染すると、強い感染性のタイプが普通タイプのウイルスに比べて生育に有利なので相応に増え、更に次の感染、次の感染と繰り返すことで、最終的に全体が強い感染性ウイルス集団となるわけです。

それでは、VOCを中心とする強い感染性の変異株は、コロナワクチンに抵抗性を示すでしょうか? 抵抗性であるとすると、抵抗性に打ち勝つような別のワクチンの設計が必要になります。仮にできたとしても、それに対する抵抗コロナが生まれというイタチごっこになります。この可能性はしかしながら、私は次の理由で否定的です。

その説明の前に、まずはワクチンにより免疫が成立する筋道を説明します。ワクチン注射すると、先ずワクチンRNAの情報に従って、1273アミノ酸のスパイクタンパク質が作られます。これはヒトにとって異物なので、マクロファージという細胞が貪食し、細胞内消化し、ヘルパーT細胞というリンパ球に消化した断片の情報を伝えます。ヘルパーT細胞はこの情報を基に一つはキラーTリンパ球を、細胞性免疫を担う役割に変化させます。細胞性免疫とは、コロナウイルス感染宿主細胞をその場で殺すような仕組みです。ヘルパーT細胞のもう一つの役割は、Bリンパ球をコロナに対する抗体を作るように活性化します。ここでできた抗体が、ワクチン作用として問題になっている抗体のことです。スパイクタンパク質に対する抗体を作るわけですから、スパイクタンパク質のVOC変異には効果を示さないのではと危惧されるわけです。

抗体産生について上に記載しましたが、重要なことを再度述べますが、マクロファージはワクチンが作るスパイクタンパク質を貪食・消化します。スパイクタンパク質は10個か20個かあるいはそれ以上に分解され、この情報がヘルパーT細胞に伝えられます。要するに、スパイク抗体は1種類できるのではなくて、分解産物の数だけできます。仮に10個の断片に対して、10個の抗体ができるとすると、スパイクタンパク質の別々の10箇所に抗体は結合し、ウイルスを不活性化すると予想されます。デルタ株(L452R)の452番目に抗体が結合しないとしても、その影響は全体の1/10です。残りの9カ所は、抗体の攻撃を受け、全体としてはワクチン作用にほとんど影響しないと言うことになります。

報道によるイギリスのデルタ型感染で明らかなように、ワクチン接種者はほとんど発病しないあるいは発病しても軽症で咳、鼻水のレベルと報じられています。重症化を防ぐワクチンの効果は、デルタ株を含めてどのタイプのVOCであれ従来株への効果と同程度観察されています。死者はほとんど増えていません。VOC変異にワクチンは有効であることの証拠です。

ここではVOC変異に対しても、ワクチンがほとんど100%に近い重症度阻止の能力を持っている理由として、複数の抗体が作られているので、一カ所の変異はワクチン効果にほとんど影響しないことを説明しました。ワクチンはウイルス感染を阻止することはできませんが、体内に侵入したウイルスを、たくさんの抗体で攻撃し、これ以上の症状悪化を阻止します。日常生活に影響しないレベルの鼻水程度の症状は甘受しましょう。

山本 和生
東北大学大学院生命科学研究科 元教授
神戸大学医学部卒業。突然変異の生成機構をPCR等を用いて解明する研究を行った。