中国も北朝鮮も本当は米国が大好き

中朝友好協力相互援助条約が締結されて11日で60周年を迎え、両国首脳間で祝電の交換が行われた。同条約では「条約国の一国が敵国から攻撃を受けた時、締結国の他国が軍事支援をする」という条項が盛られているという。

習近平主席「歴史と人民は中国共産党を選んだ」(2021年7月1日、人民網日本語版サイトから)

中国共産党は今月、党創建100年を迎え、盛大に祝い、中国が世界の指導国家として君臨していく“中国の夢”を再確認したばかりだ。一方、平壌からは、首領様・金正恩労働党総書記の体重問題に世界の関心が集まっているが、中国武漢発新型コロナウイルスの感染拡大を防止するため中朝国境間は閉鎖され、中朝間の貿易は停止状態のため、中国からの経済支援が途絶え、国民は飢餓状況を呈している、というブルーな情報が流れてくる。

それだけに、というか、中国も北朝鮮も両国の友好協力相互援助条約を改めて思い出し、その価値を再確認しているのかもしれない。中国共産党は米国を含む欧米諸国の反中包囲網に対抗している時だ。たとえ小国とはいえ中国共産党政権を慕う国がいることは心強いだろう。

一方、北朝鮮の現状は深刻かもしれない。中国からの物質的支援がなければ3代世襲国家の土台が崩れてしまう危険性がある。金正恩総書記は祝電の中で、「朝鮮労働党も中国共産党も真の同胞であり、戦友だ」と強調し、兄貴分の中国共産党を称えることを忘れない。

中国共産党と朝鮮労働党が君臨する中朝両国は同じ独裁国家であり、同じ敵と対峙している。相互の結束を強めるためには同じ敵をもつことだが、中朝両国の目下の最大の敵は米国だろう。問題は次だ。それでは中朝両国は心底から米国を憎み、敵意を燃やしているのかだ。共産党機関紙や労働新聞の掛け声とは違い、中朝両国とも本当は米国が大好きではないのか。

独裁国家のもとに生きている国民は世界の自由国家のシンボル、米国に憧れる傾向があり、可能ならば米国に亡命したいという思いを消すことができない。習近平国家主席は「党と人民は一体だ」と言うが、この点では正しい。中国人民だけではない。中国共産党幹部も公言こそ控えているが、米国大好きなのだ。

それを実証する事例は少なくない。中国の富豪や共産党幹部がゴールデンパスポートを入手するために腐心し、自分の子供たちを米国のエリート大学に留学させている。米国の悪口を散々いう一方で、中国共産党幹部たちは秘かに自分の子供たちを米国に留学させるために特権を駆使しているのだ。例えば、中国共産党外交問題責任者、楊潔篪党中央政治局委員の娘は米イェール大学に留学中だ(「中国党幹部の楊潔篪氏は『裸官』?」2021年4月16日参考)。

なぜか、教育の水準の問題ではない。英語が学べ、自由意思で生活できる米国の社会に憧れるからだ。せめて自分の子供たちには自由を満喫させたいと願うのは独裁国家とはいえ、親の心ではないか。そのうえ、中国共産党幹部たちにとって米国のほうが北京より安全だ。米国では十分な資金があれば、大きな屋敷で自由を楽しみながら生活が出来るが、中国では指導者が代われば、いつ粛清されるかは分からないのだ(「中国高官の『ゴールデンパスポート』」2020年8月31日参考)。

次は中朝友好協力相互援助条約の実情を端的に示す事例を紹介する。新型コロナ防疫のためにコロナワクチンの確保がどの国にとっても最重要課題だ。北朝鮮でも「感染者ゼロ」と誇示するが、ワクチンの公平な分配を目指す国際的な枠組み「COVAX(コバックス)」を通じてワクチンの確保に乗り出しているが、なかなか入手できないでいる。その理由は、北朝鮮側が「英アストラゼネカ製品は副作用が多いから要らない。中国のシノバック製ワクチンは信頼できないから要らない」と主張し、要求が多すぎるからだという。米ファイザー製やモデルナ製のmRNAワクチンの場合、マイナス70度以下の冷凍保存設備(コールドチェン)が必要となるが、北朝鮮には十分な設備がない。

もう少し端的に言えば、北朝鮮は中国製ワクチンを信頼していない、怖いから要らないというのだ。もちろん、中国製ワクチンに対する低評価は北朝鮮だけではない。チリやブラジルなど南米諸国だけではなく、インドネシアやシンガポールなどアジア諸国でも中国製ワクチンへの信頼度は少ない。

中朝友好協力相互援助条約を締結して60年の年月が経過したが、北朝鮮の中国への信頼感は何も変わっていない。中国からの経済支援は必要だが、中国共産党が世界に輸出する中国製ワクチンは信頼できないのだ。韓国も含め朝鮮民族は隣りの大国・中国を心から信頼する事はない。

米国を敵国として中国共産党も朝鮮労働党も団結と結束を誇示しているが、中朝両国はけっして友人でも戦友でもないのだ。自国に利益をもたらす時だけ友人であり、そうではない場合は内心、敵意すら抱いている。その一方、米国に対しては、否定したくても否定できない憧憬心をもっている。共産党幹部も人民もその点では同じなのだ。

中朝友好協力相互援助条約は締結して60年を迎えた。朝鮮新報は12日電子版で「『革命戦友』たちの変わらぬ協力と団結」という見出しの記事を大きく報じていたが、その「革命戦友」たちは少なくなってきた。朝鮮動乱も経験していない戦争を知らない世代が政治の表舞台ばかりか、社会でも多数派を占めてきた。そして中国ばかりか、北朝鮮でも自由を求める声は日毎に高まってきている。中朝両国の為政者が米国を敵視し、少数民族への人権弾圧や宗教迫害を繰返せば繰り返すほど、国民の自由社会への憧憬は深まっていく。ソ連共産党主導の共産党一党体制は70年目を迎えることなく崩壊したように、中朝友好協力相互援助条約は締結70年目を迎えることなく死文化するのではないか。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2021年7月13日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。