トランプに望みたいペンスとの和解

本稿では、米国の保守回帰を大いに進展させたが故か、はたまた別の理由からか、不運にも政権の座を追われた正副大統領の和解に対する希望と、事のついでに産経新聞の米国特派員による相変わらずの拙劣な報道について、筆者の思うところを述べてみたい。

左:トランプ前米大統領 右:ペンス前米副大統領 出典:Wikipedia

産経電子版は16日7時過ぎ、「ペンス前米副大統領、北京五輪の開催地変更など対中強硬策を訴え 外交演説」との見出しで、黒瀬悦成ワシントン特派員による記事を掲載した。目下、ヘリテージ財団の客員研究員でもあるペンスが、現地時間14日に同財団で講演した内容の報告記事だ。

東京五輪が緊急事態宣言下での無観客開催となり、またバッハIOC会長が日本と中国を言い違えたり、菅総理にコロナの状況が好転すれば有観客を要請したりと、目下この話題には事欠かない。が、バッハ要請を「何を今更」とする主張には、宇都宮弁護士の中止要望会見の方が余程「何を今更」だろうに、と思う。

こうした事情もあって、黒瀬記者がペンス発言の主題を北京五輪の開催地変更に置いて報じたのか、記事にはこうある。

ペンス氏は来年2月の北京冬季五輪に関し「中国政府が新型コロナウイルスの起源について明確に説明し、新疆ウイグル自治区での人権侵害を停止しない限り、バイデン大統領は五輪の開催地を北京から別の場所に変更するよう主張すべきだ」と訴えた。

が、この記事は筆者が先に読んでいた現地時間14日18時配信のヘリテージ財団メルマガ「Daily Signal」のフレッド・ルーカスの論調とは大分違う。この同紙の主要な書き手の見出しは「ペンスは中国を支援する米国の企業と有名人を非難する」であって、北京五輪が主題ではない。

そこで同財団のサイトにあるペンス演説の要旨を読むと、ペンスが「バイデン・ハリス政権はすでに中国に寝返っている(roll over)。…中国はこの新政権の弱さを感知している」とし、「ハリウッド、米国企業、学界を含む多くの米国組織が、米国の価値と社会制度を非難しながらCCPを賞賛している」と述べたと書いてある。

さらに、中国共産党(CCP)がもたらす脅威、バイデン政権下の米中関係と中国の挑戦に対して政権がここ数ヵ月に取るべき政策について述べたとし、以下の14項目ほどを列挙している。

  1. コロナウイルスの起源について中国が本当のことを述べる(come clean)ことを要求する
  2. 中国の科学研究所、特に機能獲得研究に参加している米国の公的・私的研究所を禁止する
  3. 重要な医薬品、医療機器、保護具が米国で製造されていることを確認する
  4. 米国の国家安全保障に不可欠な産業で米国を中国から切り離す
  5. 外国人が所有する土地への補助金を終了する
  6. 米国の重要インフラプ計画への中国の投資を終わらせる
  7. 米国企業が従わねばならない透明性と資金調達のルールを無視する中国企業を排除する
  8. 台湾と新たな貿易協定を交渉し、香港の自由を愛する人々と共に(*CCPに)立ち向かう
  9. 南シナ海での我々の利益を守るための米海軍の準備を大幅に強化する
  10. 軍がCRT(批判的人種理論)のような職務に時間を浪費するのを止め、準備に再び焦点を合わせるようにする
  11. 西半球が中国の新植民地主義の立ち入り禁止地域であることを明確にし、中国が半球に軍事基地を建設することを禁止する
  12. 米国のテクノロジー企業に雇用されている中国人へのH1Bビザの発行を直ちに禁止する
  13. 米国の大学キャンパスで孔子学院を禁止する
  14. CCPがコロナウイルス感染と、ウイグル人への迫害を終わらせない限り、2022年の五輪を北京から移すことを要求する

なるほど黒瀬記者が見出しにした北京五輪のことにも確かに触れている。が、ペンスはさらに重要なCCPに対する米国の政策について詳細かつ具体的に述べているのであり、またルーカスが見出しにした様に、多くの「米国の企業や有名人」が米国を非難する一方で、中国を礼賛する今の米国社会をこそ難じている。

以前筆者は、産経の米国特派員を例に挙げて、現地報道の翻訳記事を流すだけの仕事なら、ごく一般の日本人でさえネットで直に現地報道を読めるこの時代に、存在価値がないとの趣旨を書いた。が、主要な論旨を正確に要約して報道できないようなら、むしろ害になる、と苦言を呈したい。

そこでペンスのことになる。彼はトランプ政権の副大統領として終始一貫トランプを支えてきた。政治経験がなく(それが良さでもあるが)、おそらくかなり我儘なこの上司に忠誠を尽くし、足らぬところを陰に陽に補ってきたに相違ない人物と筆者は思う。とりわけ18年と19年の共産中国非難演説は小気味よかった。

が、1月6日の大統領選挙人による投票の議会合同会議でペンスは初めてトランプの意向に背いた。トランプが、この法に対しても忠実な上院議長に要求した、江川の空白の一日を髣髴させる判断を拒んだのだ。トランプの胸中も理解できる。が、大統領選は12月に連邦最高裁がテキサス州の訴えを門前払いした時点で決していた。

その判事の多くは、選挙間際に指名したバレット判事を含めて、トランプが任命者だ。恨むならペンスよりも、むしろこれらの連邦最高裁判事ではなかろうか、などと1月6日以降のペンスに対するトランプの対応を見て、筆者は思った。二人の離間は国内外の敵を利するだけだ。ペンスの人となりを理解し、寛容に接してこそトランプも見直される。

バイデン政権の方が前政権より中国に厳しい、などとする保守の識者も少なくない。が、今のところは前政権の対中政策を超えているとは言えまい。米国議会が共産中国に対し超党派で厳しい姿勢を打ち出しているのは救いだが、来年に迫った中間選挙で共和党が上下両院で多数を獲得するためにも、トランプとペンスの和解が望まれる。