国際環境経済研究所主席研究員 中島 みき
4月22日の気候変動サミットにおいて、菅総理は2050年カーボンニュートラルと整合的で野心的な目標として、2030年度の温室効果ガスを2013年度比で46%削減、さらには50%の高みを目指すと表明。これまでの26%削減目標から7割以上引き上げる野心的な数値を示したが、実現への道筋はどうなるのか。主に電力セクターに焦点をあて、8回に分けてお伝えする。これまで、米国のエネルギー・環境政策動向、日本の再エネ資源のポテンシャル、エネルギーセキュリティや安定供給、雇用、経済性、安全性の視点からの課題を紹介。前回(第7回)では、2030年度46%削減の実現可能性について考察した。最終回となる本稿では、今後、46%削減に向けて何が変わるのか、およびカーボンニュートラルに向けた道筋を考えて結びとしたい。
7.2030年度46%削減に向け、何が変わるのか
結論から言えば、46%削減の実現如何にかかわらず、これまでに述べた定量・定性的な要因を勘案すると、再エネ拡大に伴う直接的・間接的な社会的総費用は着実に上昇するのではないだろうか。
太陽光に続き洋上風力でも現行のFIT特措法の下で買取りを進めると、賦課金の形で国民負担は上昇する。また、系統制約を解決するための地域間連系線などの系統増強費用は、洋上風力を念頭においたシナリオで3.8~4.8兆円との中間整理は前述のとおりである。加えて、既存送電線の投資ピークは1970年代で高経年化が進んでおり、今後、更新投資を順次行うことが必要という構造的な課題も抱えている。また、昨今の一連の災害により、電力インフラの安定供給体制構築の必要性が再認識されており、その一つとして検討が進む無電柱化は、敷設コストの高さ(総工事費:約5.3億円/km )が課題となっている。
デジタル化の進展への対応も重要だ。多数の分散型リソース(太陽光・EV・デマンド・レスポンス等)の普及が予測され、電気の流れが双方向化していく中で、デジタル技術によって最適化を行うことが必要となるだろう。また、EV化の流れも加速する中、2030年までに急速充電器を現在の4倍の約3万台設置するといった目標が報道されており、周辺の配電線の増強が必要となる可能性もあるだろう。
従来は、経済成長、需要の増加の見通しに見合う形で、設備の新設・増強を行ってきたが、足下では経済の低成長、将来の人口減などを背景に、中長期的な需要見通しは極めて不透明な状況にある。仮に需要が減少すると、国民1人あたりの賦課金の負担(賦課金単価)は上昇し、ますます系統利用が減少するといった負のスパイラルにも陥らないかという懸念もある。
一方、需要が増加するのではないかとの期待もある。エネルギー起源CO2排出量の削減には、電化が欠かせない。加えて、デジタル化の流れの中で、急ピッチで新設が進むデータセンターは、24時間電力を大量に消費する大規模需要である。但し、データセンターはグローバル競争下にあり、誘致には安価な料金が大前提となろう。国際競争力の確保は、製造業に限った課題ではない。経済性の観点では、LNGへの過度な依存は、価格高騰リスクを抱えるという点も忘れてはならない。
設備の高経年化は送電線に限らない。調整力として(仮に発電しなくとも)直ぐに応答できるよう電源を確保・維持しておくには、追加的費用を要する。しかし、再エネ電源の増加により稼働率が低下し、長期的な投資回収の予見可能性が低下する中にあっては、電源の休廃止は進む一方、新規投資は進みにくい。既に今冬の東京エリアでの供給力不足が報じられているが、製造業やデータセンターなどにとって、安定的な電気の供給は生命線である。加えて、今後は電源脱落時のブラックアウトを未然に防ぐべく、系統安定性を維持することも重要な課題となる。
これまで、2030年に向けて再エネを最大化することを目的として、積み上げの検討がなされてきた。同時に、チャレンジングな目標に向かって、系統安定性など品質に関する技術的課題を克服し、かつ、社会的総費用を最小化できるか、といった観点からの議論も深めていく必要があると考える。
8.カーボンニュートラルに向けた日本の道筋は
かつて、日本のエネルギーの選択の歴史において、如何にして安価で安定的なエネルギーを確保するか、が大きな課題であった。戦後復興期から高度成長期にかけて、エネルギー消費は国内総生産(GDP)よりも高い伸び率で増加。しかし、1970年代に二度の石油ショックを経験した後は、エネルギーセキュリティの重要性が認識され、エネルギー自給率の向上が喫緊の課題として浮上した。そして、輸入に頼る石油への依存度を徐々に下げ、原子力やLNGの利用を進めるとともに、産業部門を中心に省エネの努力を重ね、1973年からの30年で、エネルギー消費効率を約35%向上し、世界最高水準レベルに達した。第1次オイルショックから長い年月をかけて、エネルギーミックスの多様化と省エネに取り組んできたのである。
さらに、政府は長期的なエネルギーセキュリティを確保するため、1974 年に新エネルギー開発の長期計画「サンシャイン計画」を策定。その後、省エネの技術開発「ムーンライト計画」等と統合され、「ニューサンシャイン計画」に進展、これら全ての計画を含めると2002年までに予算総額は1兆円を超えるものとなった。この中で、当初1w数万円だった太陽光発電の大幅なコストダウンを目指して企業を支援した結果、日本は1999年から2007年まで、太陽電池の生産で首位となり、企業別では上位4社を日本企業が占めていた。しかし、その後は中国勢の台頭が著しく、2012年には日本企業はトップ10から姿を消し、2018年にはわずか1%にまで低下注51)。現在のグローバルマーケットでは中国企業が大勢を占める状況となってしまった(下図参照)。長い時間をかけてイノベーションを実現しても、普及段階でグローバル競争を勝ち抜き、サプライチェーンを構築できるとは限らず、「経済と環境の好循環」のハードルの高さを表している。
2050年カーボンニュートラルに向けて、エネルギーセキュリティの視点から、多様な選択肢を確保すべきであることに変わりはなく、洋上風力や水素、アンモニア、次世代原子炉(小型モジュール炉・高温ガス炉)、次世代型太陽電池などのイノベーションに期待が寄せられている。イノベーションは非連続で、またカーボンニュートラルに至る道筋、シナリオは複数考えられる。ただ、その実現には不確実性が伴う以上、その移行過程において、既存の技術に基づき安定供給をしっかりと確保すること、即ち多様な選択肢を持つことが非常に重要になる。
エネルギー政策形成の難しさの一つに、検討の「時間軸」が挙げられる。電気は大量に貯められず、系統全体で、絶え間なく瞬時瞬時の需要と供給を一致させ、下図のように、ミリ秒単位といった時間軸で系統運用上の制約をクリアする必要がある。他方、必要となる電源の開発には、およそ10年単位の長いリードタイムを要する。従って、将来の需要予測に応じた蓋然性の高い供給力を、中長期的に確保できるかどうか、見通しを立てておくことが肝要だ。その意味で、2030年のエネルギーミックスと、様々なイノベーションのシナリオが考えられる2050年の長期戦略とでは、位置づけが異なることを認識する必要がある。エネルギー基本計画の根拠となるエネルギー政策基本法の第二条(安定供給の確保)第二項では、「他のエネルギーによる代替又は貯蔵が著しく困難であるエネルギーの供給については、特にその信頼性及び安定性が確保されるよう施策が講じられなければならない。」と、特に安定供給の重要性が強調されている。
もう一つの難しさは、電力システムの物理的な変化にある。かつての電力系統は、大規模発電所で発電された電気を、送配電網を通じてエンドユーザーに送る、いわば電源から需要への一方向の供給システムであった。瞬時瞬時の需要と供給を一致させるためには、需要の変化に応じて、給電コントロール可能な発電所が、発電量を上下(負荷追従)することで、系統全体の需給バランスを保っていた。自然変動電源の大量導入により、それらを除いた残余需要の予測にくわえ、周波数、電圧、系統安定度の維持など、系統運用上の制約・課題は今後ますます複雑化するだろう。
加えて、こうした電力系統の物理的な変化が、一連の電力市場改革によるマーケットへの移行期と重なったことで、日本のエネルギー政策はなお一層複雑化し、国民の理解促進はより一層難しくなった。
前回までのエネルギー基本計画では、経済性の指標として、「電力コストを2013年度よりも引き下げる」こととしていた。しかし、本稿で述べた直接的・間接的な要因を勘案すると、電力コスト増加は不可避ではないだろうか。今後の見通しについて、丁寧な説明が求められる。
グローバルで2050年カーボンニュートラルの動きが進む中、国として、野心的な削減目標を示すことは、内外に意欲を示す意味で重要だ。一方、2030年NDCの引き上げを働きかけた米国では、実現の裏付けとなる政策が実行されるかどうか不透明な状況であるうえ、中国やインドなどは現状目標維持のままである。
2030年目標は、2050年カーボンニュートラルからバックキャストで示された、あくまで中間マイルストーンである。もっと言えば、我々が世界全体で最終的に目指すゴールは、2℃目標の達成である。
今回の46%目標は、中長期的な観点から、野心的なシナリオを掲げたものと理解している。他方、安定供給の観点からは、足下の趨勢からの蓋然性の高い見通しが必要だ。46%への挑戦にあたっては、追加対策も含めて社会的総費用を最小化すべく、安全確保を大前提として、経済性と環境配慮、そして安定供給とのバランスのとれた方向付けを期待したい。
【謝 辞】
本稿の執筆にあたって、東京大学公共政策大学院 本部和彦客員教授に、原稿の建付けを含め幅広いご示唆を戴きました。ここに記して謝意を表しますとともに、本稿の文責は筆者にあることを申し添えます。
注51)国立研究開発法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)(2020)「太陽光発電開発戦略2020」
https://www.nedo.go.jp/content/100926249.pdf
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編集部より:この記事は国際環境経済研究所 2021年7月1日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方は国際環境経済研究所公式ページをご覧ください。