香港:国安法初の有罪判決と五輪初の金メダルの裏側

開催中の東京五輪で26日、香港の張家朗選手がフェンシング男子フルーレ個人で97年の中国返還後初の金メダルを獲得した。他方、香港高等法院は翌27日、昨年6月30日に施行された香港国家安全保障法(国安法)による有罪判決を初めて下した。本稿ではこの香港の2つの初を考える。

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先ずは有罪判決。判決文がネットにあるので、百聞は一見に如かず、アクセスしてみた。訴因は、被告の唐英傑(24歳のウエイター)が昨年7月1日(国安法施行翌日)に引き起こしたとされる、①分離への煽動、②テロリスト活動、③危険な運転による重大な身体的危害、の3つだ。

具体的には、訴因1は被告が「光復香港時代革命」と書いた旗をオートバイに掲げて走ったことが「分離への煽動」に当たるか否かであり、訴因2は、彼のオートバイが警察のすべての検問所で停車せず、警官に突っ込んだことなどが「テロ行為」に当たるか否か、ということ。

結局、3人の裁判官は、訴因1と訴因2の両方を認めて唐を有罪とした。量刑は弁護側の罪状認否を聞いた後、29日に言い渡される予定であり、訴因1の最高刑は懲役10年、訴因2は終身刑の可能性があるという。これに伴い、訴因3は対処不要の扱いとなった。

訴因1ついて検察側は、香港の嶺南大学副学長のラウ歴史学部教授による証拠を提出した。裁判所は「光復香港」と「時代革命」の意味には密接な関係があり、別々に解釈できないとのラウ教授の意見を受け入れ、それが「香港を中国から分離する」という意味を持ち、「他人に分離を促す」と判断した。

更に被告自身、スローガンに分離主義的意味があることを理解しており、被告のやり方でスローガンを示す時、被告はスローガンの意味を他の人に伝えることを意図していたとした。そしてスローガンは当時の被告が提唱した政治的議題であり、他の人に分離を促すことが出来たと断じた。

訴因2については、被告の行為は香港の法と秩序の象徴たる警察への意図的な挑戦であり、人に対する深刻な暴力行為で、公共の安全やセキュリティを深刻な危険に晒す活動だったとし、被告は社会に重大な害を及ぼす行為を、政治的議題を追求するために国民を脅迫する目的で行ったと判断した。

この裁判は、香港高等法院が特別行政区司法長官の指導の下、陪審員なしで刑事訴訟を起こした初めてのケースで、国安法によって任命された委員会がそれを試みたとのこと。これについて司法長官は「陪審員の安全を守る」ことを目的としていると述べた(27日のBBC中国語版)。

BBC記事はまた、唐被告が裁判の前にこの取り決めについて司法審査の抗議を提出したが、申請は、第一審裁判所および高等裁判所の控訴裁判所によって却下されたとし、国安法が陪審制度のない「まったく新しい刑事裁判様式」を作ったと報じている。

今や北京の走狗と化した林鄭長官の香港のこと、50年間は香港をそのまま維持するとの英国との国際的約束(英中宣言)を破って北京が施行した国安法によって、彼女が選んだ3人の裁判官に唐被告がどう料理されようと、もはや呆れることはあっても驚きはない。

中でも検察側のラウ教授が「このスローガンが16年の立法議会補欠選挙で使われ、その意味は今も変わらない」としたのには、思わず腹を抱えざるを得なかった。なぜなら国安法が、全人代で成立した昨年6月30日に即日施行され、唐の逮捕が翌7月1日だったからだ。

香港は97年の7月1日に英国から返還され、中国の特別行政区になった。そしてその記念日には必ず大規模デモあると予想された。つまり北京は翌日のデモに使うために、その施行を急いだのだ。

そのことはまた、7月1日に国安法の中身を知る香港人など一人もいないことを意味する。つまり、16年から使われていて意味の変わらないスローガン、その前日までは何のお咎めもなかったそのスローガンを使うと、懲役10年や終身刑を食らうなどとは、香港人の誰もが夢想すらしないということだ。

日本でも法律は公布日から施行できる。しかしそれは飽くまで、「特に準備や周知のための期間が必要ない場合や緊急を要する場合」に限るのであって、多くの場合、とりわけ刑罰を科すなどの国民に不利益を与える法律では、10日とか20日とかの周知期間を設けるようだ(参議院法制局サイト)。

人間社会の普通の常識から判断して、日本のこの慣行が国際社会でことさら突飛なものとは思えない。とすれば、今回の国安法の施行と翌日のデモでの大量の別件逮捕(後でゆっくりと国安法で料理した)は、如何にも「論語読みの論語知らず」の北京らしいか、あるいは小狡い所業ではなかろうか。

加えるに、唐被告は保釈なしで1年以上拘留され続けた。昨年7月以降の逮捕者の多くが、唐被告と同様に裁判まで保釈なしで拘留された。これは、香港のコモンローの伝統から逸脱していて、中国本土の司法制度が行っている方法と似ているらしい(27日のBloomberg)。

五輪金メダルの話の前に訴因1に戻れば、唐被告は、彼の「光復香港時代革命」のスローガンが「香港を中国本土から分離することを意味する」からこそ有罪にされた。ということは、「香港は中国の一部」であることは紛れもない。ならば筆者は、「香港を五輪に出すな」と北京に言いたい

国際法破りの香港国家安全保障法を使って香港人を黙らせる時には「香港は中国の一部」だと言い、香港を国安法施行前と同じように五輪への参加させる時には「香港と中国は別」だ、などという都合の良い北京のダブルスタンダードなど、国際社会は認めないということ。

斯く考えることは、香港人にとって実に気の毒なことだ。が、それは、ウイグル族へのジェノサイドをやめさせるよう北京に反省を求めるために、新疆綿を用いた繊維製品をボイコットする制裁が、ウイグル族の生活の糧を奪うことになりかねないことに比べれば、余程ましではなかろうか。

共に気の毒な香港人にもウイグル族には何の罪もない。が、そういう方法でしか北京の無法な横暴を糺すことができないのが現状だ。恨みの鉾先を北京に向けてもらうしかない。

さて、今般の五輪では入場行進の際にNHKが台湾を「台湾」と呼んだことも話題だ。その台湾を、この7月に100年周年を迎えた中国共産党は、その間一度たりとも支配したことがない。党が国を支配しないのは当たり前という莫(なか)れ、中国共産党は中華人民共和国の上位に位置する。

だのに北京は、その台湾を武力で統一すると公言して憚らない。これは夢でも映画の中でもなく、現在進行形で現実に起きていることだ。そこで無力ながら、つい数日前に香港と東京五輪で起きたことに言付けて、読者諸兄姉に北京への警鐘を鳴らしてみた次第だ。