中国の「核恫喝」に対する日本の具体的対応策

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日本に対する中国の「核恫喝」

最近、中国の地方政府委員会が、台湾有事の場合に日本が台湾を軍事的に支援した場合は、日本に対して核攻撃を行うよう呼び掛ける動画を投稿し、これが中国国内で拡散し支持する意見が圧倒的に多い状況であり、さらに、動画では核攻撃を行なうことによって、尖閣諸島を日本から取り戻し、沖縄を日本の支配から解放できるとしている(7月15日付け「NEWSWEEK日本版」参照)。このような日本に対する露骨な「核恫喝」の背景には、最近の岸防衛相や中山防衛副大臣の台湾重視発言や、麻生副首相の台湾有事は日本の存立危機事態との発言があるとみられる。

脆弱な日本の核抑止力

今回、中国の地方政府委員会から日本に対してこのような「核恫喝」がされたのは、日本には「核兵器」がなく、日本の「核抑止力」が極めて脆弱だからである。日本は、これまで、「国是」としての「非核三原則」である「核兵器を持たず、作らず、持ち込ませず」を誠実に順守し、ひたすら、核安全保障を日米安保条約に基づく「拡大核抑止」(「核の傘」)のみに全面的に依存してきた。しかし、「核の傘」による核抑止は決して万全ではない。米国が自国民を犠牲にしてまで中国との全面核戦争を前提とする核による反撃をする確実な保証がないからである。このことを中国は十分に認識したうえで、日本に対して上記の「核恫喝」をしたと考えられるのである。

米国に対する中国の「核恫喝」

しかし、このような中国による台湾有事に関する「核恫喝」は、何も日本に対してだけではない。中国は核大国の米国に対しても「核恫喝」をしている。即ち、「中国政府は軍事力を使って台湾を併合しようとする際、米国と日本が主要な障害となる。そのため、2005年7月中国の朱成虎人民解放軍少将は、外国の報道陣の前で、米国に対しても台湾紛争に介入すれば先制核攻撃をする用意があると「恫喝」した。これに対して、翌日米国務省報道官は、発言は無責任であり、中国政府がそのような発言を支持しないことを希望すると述べるにとどめ、中国が核攻撃をするなら、大量の核報復をする用意があるとは言わなかった。米国政府には他の核保有国と本気で核戦争をするつもりがないからである。米国政府内には、東アジア地域の軍事紛争で核戦争のリスクをとるべきと考える者が皆無である。」(伊藤貫著「中国の核戦力に日本は屈服する」227頁~239頁2011年小学館参照)と言われていた。

米国は中国の「核恫喝」に屈しない

しかし、上記著書は今から10年前の民主党オバマ政権時代のものである。オバマ政権は米国が「世界の警察官」であることをやめ、「核兵器なき世界」を提唱し、軍事的な覇権を求めなかった。オバマ政権は中国に対しても比較的寛容であった。しかし、中国の覇権主義に危機感を持ったトランプ政権時代に米中関係が悪化し「米中新冷戦」の時代に入った。現在の民主党バイデン政権でも、南シナ海及び東シナ海における力による現状変更など、海洋進出を企て、世界の覇権を狙い軍事力を年々増強拡大する中国を警戒し厳しく対峙している。バイデン政権の台湾有事に対する懸念も強い。

したがって、台湾有事の場合に、現在の米国が中国による「核恫喝」に簡単に屈服して「台湾関係法」に基づく台湾への軍事的支援を一切放棄し、中国による台湾武力解放を座視し黙認するとは考えにくい。なぜなら、仮に軍事的支援を一切放棄し台湾を見殺しにすれば、米国の東アジア地域における影響力と威信は地に落ち、日本や韓国、オーストラリア、フィリピンなどの「米国離れ」が加速し、当該地域における中国の覇権確立が決定的となるからである。これは明らかに米国の国益に著しく反することである。そのうえ、台湾武力解放が国際法違反の「侵略行為」であると米国が解釈した場合には米国はなおさら中国による台湾武力解放を座視しないであろう。

このような理由から米国は中国による「核恫喝」には屈服しないであろう。米国が台湾有事に介入しても、中国が「恫喝」通りに米国に対して先制核攻撃を仕掛けるとは限らないからである。そして、仮に、米国が中国から先制核攻撃を受けた場合は、米国は中国に対して核による大量の報復攻撃を躊躇しないであろう。なぜなら、その場合は米国自身の存立にかかわるからである。このように、台湾有事の際に、中国が米国の台湾軍事介入を理由に米国に先制核攻撃をすれば、中国は米国から核による報復を受け米国との全面核戦争を覚悟しなければならないのである。以上の理由により、中国による米国に対する先制核攻撃の確率は極めて低いから、「核恫喝」に過ぎないと言えよう。

中国の「核恫喝」に対する日本の具体的対応策

中国の日本に対する「核恫喝」は、前記の通り日本が「非核保有国」であり、「核抑止力」が脆弱であるためである。したがって、中国による「核恫喝」を跳ねのけるためには、日本の「核抑止力」を強化する必要がある。その具体的対応策は三つある。

(1)第一は、日本独自の自衛のための日本核武装である。しかし、広島・長崎の被爆を経験した日本人特有の強固な「核アレルギー」があるため、世論の反対が強いであろう。そのうえ、日本核武装のためには「核不拡散条約」からの脱退が必要であり、核不拡散を重視する米国の同意を取り付けることも容易ではない。よって、日本独自の自衛のための日本核武装は困難であろう。ただし、中国による「核恫喝」が日本の至高の利益すなわち日本の存立自体を危うくする事態となれば、同条約からの脱退が可能であるから(10条1項)、日本国民は最悪の事態を考えて、常に日本核武装の覚悟をしておく必要がある。

(2)第二は、米国との「核共有」(「ニュークリア・シェアリング」)である。これは日本国内において戦術核兵器を米国と共同して管理し、日本が他国から核攻撃を受けた場合は米国と共同して核による反撃をするシステムである。現在、ドイツ、オランダ、ベルギー、イタリアが米国と「核共有」を行い、核大国ロシアに対し一定の「核抑止力」を保有している。そのため、これらの諸国に対するロシアによる「核恫喝」はない。これは、ロシアによるこれらの諸国に対する核攻撃は、核兵器の共同管理として「核共有」をする米国に対する核攻撃ともなり得るから、核による反撃を受ける可能性があるからであろう。よって、日米の「核共有」は中国に対する「核抑止力」の強化になることは明らかであろう。

(3)第三は、現行の「非核三原則」のうちの「持ち込ませず」を改定し、米国による日本国内への「核持ち込み」を認めることである。「核持ち込み」を認めれば、中国による日本に対する核攻撃は米国に対する核攻撃ともなり得るから、中国は米国との核戦争を覚悟しなければならず、中国に対する「核抑止力」の強化に有益であろう。

以上の通り、中国による「核恫喝」に対しては、日本として三つの具体的対応策がある。今後の中国側の「核恫喝」が日本の存立にかかわる場合は、日本は米国の「拡大核抑止」(「核の傘」)のみに全面的に依存する現行の安全保障体制の根本的見直しを躊躇すべきではない。中国による「核恫喝」に対して、米国や日本がこれに屈服し譲歩することは、「戦わずして勝つ」(「孫子の兵法」)中国共産党の思う壺であることを認識すべきである。中国の「核恫喝」に対する屈服や譲歩は、中国が狙う尖閣諸島や沖縄の防衛にも波及するのである。