「ポスト五輪」のコロナ情勢に警戒を

第32回東京五輪大会は8日、17日間の競技日程を終えて閉幕した。次は24日から9月5日までパラリンピックが始まる。世界は東京五輪の成功を祝っている。ホスト国日本のもてなしに感動し、選手村のレストランのバラエティに大喜びした選手たちは忘れることができない思い出をもって帰国していった。選手の中には「日本をじっくりと見学できないのが残念だ。時間が出来たらもう一度日本を訪問し、ゆっくりと日本を見たい」という感想を述べていたという。

第32回東京夏季五輪大会の閉会式シーン(2021年8月8日、オーストリア国営放送の中継から)

競技以外は選手村に閉じこもり、競技を終えた選手は48時間以内に選手村から出て行かなければならない。選手たちにとっても不満足な点もあっただろうが、新型コロナウイルスの感染防止を重視しなければならない環境下での五輪大会であることを選手たちは知っていた。

五輪が開催できたこと自体に喜びを表明する選手が多い。選手たちはスポーツの最大の祭典ともいうべき五輪大会に参加することを目指してトレーニングを重ねてきた、4年ごとに開催される五輪大会に参加することが大きな夢だ。新型コロナの感染拡大ゆえに、東京大会が開催できなければ選手たちにとっても大きなショックとなったはずだ。閉会式の国立競技場の電子版で「ありがとう」という日本語が浮かびあがった。それは今回五輪大会に参加できた全ての選手たちの偽りのない気持ちだろう。その意味で、東京五輪の開催に踏み切った日本に世界の人々は感謝と希望を感じているのだろう。電子版に浮かび上がった「ARIGATO」という言葉にそのような思いが含まれていたはずだ。

「東京五輪」は終わった。楽しい祭典後は寂しいが、ポスト五輪ブルーに溺れている時ではない。デルタ変異株のコロナ感染は世界を席巻している。欧州では夏季休暇シーズンが過ぎれば、昨年と同様、新規感染者が急増し、第4波をもたらすのではないか、という懸念の声が既に聞かれるのだ。

オーストリアでは昨年、海外旅行から帰った国民がウイルスを持ち帰り、秋から冬にかけ新規感染者が急増したが、ウイルス学者は最近の7日間の新規感染者数(人口10万人当たり)の対数曲線から「1日1000人以上の感染者が出てくるだろう。第4波が到来する可能性がある」と予想している(「オーストリア人の『出クロアチア記』」2020年8月19日参考)。

ウイルスワクチンの接種率はまだ人口の60%にも届かない。集団免疫が実現する85%からは程遠い状況だ。クルツ政権は国民にワクチン接種を受けるように呼び掛けているが、その効果は出ていない。一方、「ワクチン接種をしたから大丈夫」とワクチンを過大評価する国民も出てきてきた。ウイルス学者は、「ワクチンは完全ではない。感染する危険性はワクチン接種者も同様だ。軽率な行動は控えるように」とコロナ規制の順守を呼びかけている。

デルタ変異株は感染力が強く、これまでのワクチンの有効性についても明確な判断はまだ下されていない。イスラエルや英国などでは3回目のワクチンの接種を実施しだしている。オーストリアでも今秋から高齢者や感染危険が高い国民を対象に3回目の接種を始める計画を立てている。

ところで、コロナ対策は最終的には国民一人一人の責任だ。ワクチン接種は既に始まっている。希望する国民は接種できる。政府はワクチンを確保する一方、コロナ規制を国民に呼びかけている。コロナ規制を遵守するか、ワクチン接種を受けるかは政府の手にあるのではなく、国民の判断に委ねられている。その点、国民にワクチン接種を強制できる中国共産党政権とは違う。換言すれば、政府が新規感染者を増やしているのではなく、コロナ規制を完全に実施せず、コロナを軽視し、ワクチン接種を拒否する国民にもその責任があるわけだ(「ワクチン接種は個人の問題か」2021年7月21日参考)。

国民の約20%がワクチン接種に反対し、コロナ禍はフェイクニュースだと信じているとすれば、残念ながら民主諸国はコロナ感染を完全には防ぐことができない。武漢発の新型コロナが発生した直後、中国共産党政権は強権を行使し、武漢を完全に封鎖してコロナ感染の拡大を防いできた。その中国で今、デルタ変異株のコロナ感染の拡大の兆候が見られるとして、中国当局は第3のワクチン接種を始める一方、感染地域を封鎖してきている。コロナウイルスは安易な敵ではない。私たちはもう一度、新型コロナウイルスが如何に危険なウイルスかを認識する必要があるだろう。

新型コロナのデルタ株の感染力が強いことを認める一方、死者数が少ないことから「コロナウイルスはインフルエンザと同じか、それ以下だ」と即断する人がいるが、独週刊誌シュピーゲルは「ロングコビッド症候群(新型コロナウイルス症候群)」を詳細に報じていた。感染症専門家によると、コロナ回復者に見られる後遺症として、呼吸困難、倦怠感、胸痛、臭覚障害、味覚障害,痰嗽などだ。回復後、数カ月続き、長い人では半年以上、さまざまな症状に苦しめられ、職場に復帰できない人が出てきている。感染回復者ばかりか無症状の人にも「ロングコビッド症候群」で悩む人々が増えてきているのだ(「拡がる『ロングコビッド症候群』」(2021年4月20日参考)。

「ポスト五輪」の世界状況を「ポスト・コロナ時代」と表現するに時期尚早だ。ひょっとしたら、これから本格的なコロナ時代に突入するかもしれないのだ。極度に恐れる必要はないが、「正しく恐れる」ことが益々必要となってきた。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2021年8月10日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。