外交のみならず司法でも報復が常套化する異形の中国

トロントの24時間ローカルニュース「CP24」は10日、中国遼寧省高等人民法院が、カナダ人の麻薬密輸容疑者ロバート・シェレンバーグの控訴を却下し、死刑が確定したことをAP電として報じた。カナダ政府はこの判決を非難し、彼に恩赦を与えるよう中国に訴えている。

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AP通信は翌11日にも、中国の裁判所が、スパイ容疑で拘束中のカナダ人マイケル・スパーバーに11年の刑を言い渡した一方、スパーバーと同時期にこれもスパイ容疑で逮捕されていた別のカナダ人マイケル・コブリグの裁判については何も発表がなかったと報じている。

中国の裁判所からカナダ人2人の判決言い渡しのあった10日に、カナダでは18年12月にバンクーバー空港で逮捕されて目下保釈中の、ファーウェイ創業者の娘で同社の元CFO孟晩舟の裁判が、ブリティッシュコロンビア州最高裁で行われたことをカナディアンプレスが伝えている。

ここ数日の間に行われたカナダ人を裁く中国での裁判と中国人を裁くカナダでの裁判を並べれば、誰もがこれらを関連づけよう。が、北京は環球時報に登場させる架空の場合もあるらしい識者の口から「拘留容疑を報復と呼ぶのは米国の典型的な考え方だが、中国はそのように行動しない」などと語らせるのが常だ。

込み入っているので事のあらましを時系列に整理する。カナダは18年12月1日、孟晩舟を米国の要請によって逮捕した。彼女は取得していたカナダ永住権を放棄して、目下は香港の永住権を持つがカナダに住んでいた。また、中国の公務旅券を含め複数の旅券を所持していたとされる。

逮捕容疑は、米国が制裁しているイランの最大手の携帯電話事業者に、香港に本社を置き孟が取締役をしているSkycom社が、禁輸対象のHP製電子機器を販売しようとしたことに絡む事件で、カナダ-米国間の犯人引き渡し条約が絡む。が、そこが本稿の主題ではないので深入りはしない。

孟は高額(約8億円とされる)の保釈金を収め、GPS付の足環を嵌めてバンクーバーの豪邸に子供と暮らしている。今年4月の裁判で、香港のHSBCからの証拠文書を検討するために延期された審理がこの10日に行われたのだ。数日後に判決が出るとされる(21年4月22日の環球時報)。

同記事は、バイデンが4月21日のトルドーとの電話会談で、「(中国による)スパーバーとコブリグの恣意的な拘禁を非難」し、その釈放を確保するためカナダを支持すると述べたとする一方、中国外務省が「人間を交渉の切り札として使用してはならないと繰り返し述べた」ことを伝えている。

そこでスパーバーとコブリグの容疑のことになる。環球時報の過去記事に当たるとスパーバーは、13年9月7日付の、引退したNBAのデニス・ロッドマン(米国版アントニオ猪木?)がバスケット好きの金正恩を訪ねたとの記事に、同行者の一人のカナダ人NGO役員として登場する。

二人が逮捕された直後の18年12月13日の環球時報は、スパーバーについて、彼が「金正恩を含む北朝鮮の高官との接触で知られて」いて、「13年にNBAのデニス・ロッドマンが北朝鮮を訪問するのを容易にするのにも一役買った」とのAP電を引いて報じている。

一方のコブリグは元カナダ外交官で、「国際危機グループ(ICG)」の上級顧問として、中国、日本、朝鮮半島の外交と安全保障問題に関する調査と分析をしていた。ICGは95年設立の国際紛争の防止や解決に取り組む組織で、政府支出が49%を占める真っ当な団体のようだが、「中国で登録がない」というのが逮捕容疑だ(18年12月12日の環球時報)。

前掲記事は「(コブリグの)拘禁は、米国の要請に応じてカナダが中国のファーウェイ上級幹部の孟晩舟を拘留している最中に起こった。一部の外国メディアは中国が報復としてそれを行ったと推測している」とシレっとして書いている。が、コブリグもスパーバーも報復逮捕と子供でも判る。

また本年4月1日のカナダCTV Newsは、3月半ばに、スパーバーとコブリグの裁判が始まって初めてカナダ領事館職員のリモート接見を許されたと報じた。この許可タイミングも、4月中に行われる孟晩舟の裁判への影響を狙った、中国らしいやり口であることは容易に想像がつく、

さて、残るは冒頭の死刑判決だ。シェレンバーグ容疑者は14年11月に大連からオーストラリアにメタンフェタミン222㎏の密輸を目論んだ。ところが中国人の共犯者が寝返ったため同年12月1日、タイに逃亡するところを中国南部で逮捕された(21年8月10日のCNN記事

同記事によれば、彼の裁判は16年3月に始まり、18年11月に懲役15年の有罪判決を受け、上訴した。高等裁判所は同年12月下旬に再審を命じたが、それは孟晩舟が逮捕されたのと同じ月の出来事だ。明けて19年1月14日、遼寧省の大連中級人民法院は彼に死刑判決を言い渡した。

18年12月29日の環球時報には「18年11月20日に最初の判決で15年の禁固刑が言い渡され、15万元の動産没収と中国からの強制退去が命じられた(expel him from China)」とある。上訴したばかりに、孟晩舟の逮捕を挟んだからか、翌月の上訴審で死刑を食らってしまった訳だ。

中国外務省の汪文潭報道官は昨年8月、別の麻薬事件で中国系カナダ人に死刑判決、共犯の中国人に終身刑判決が下った際、「中国の司法機関は法律と法的手続きに厳密に従って事件を独立して処理」しており、「カナダ人に下された死刑判決は中国とカナダの関係に影響を与えない」と述べた。

だがこの8月10日と11日に中国とカナダで行われた裁判の両3年の経過を照らし合わせれば、汪報道官の発言とは裏腹に、孟晩舟の裁判に影響を与えるタイミングでカナダ人3名を逮捕し、裁判を行っていると知れる。これが常設仲裁裁判所の判決すら「紙くず」呼ばわりする北京の本質だ。

往(い)にし方(え)には多くの賢人を生み、大人の風格を備えた国柄だったはず。が、特に習近平が権力を握ってこの方、成り上がりの俄か長者宜しく、覇権を広げるべく札びらを切り、気に入らないことには「オウム返し」に報復する図は、志の低さと心の貧しさを映している。