なぜ日本は有事に弱いのか

山田 肇

わが国は平時に強く有事に弱いという自嘲が多いが、何が問題なのだろうか。論理よりも感情を優先させるのが一因である。

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オリンピック中止を訴えていた蓮舫参議院議員がメダリストを祝福して炎上したが、彼女は感情優先の典型である。来日する選手らが変異株を持ち込むと怖い、観客間での感染が怖い、そんな怯えからオリンピック中止を訴えた。日本選手がメダルを獲得すると、今度はよく頑張ったという感情が湧き出てくる。蓮舫議員は、その場その場の感情で発言を続けるから、炎上する。

朝日新聞も同様。オリンピック閉幕の翌日、朝日新聞は「東京五輪閉幕 混迷の祭典 再生めざす機に」と題した社説を掲げた。社説には、オリンピック期間中の感染拡大を批判する、次の一文があった。

市民に行動抑制や営業の自粛を求める一方で、世界から人を招いて巨大イベントを開くという矛盾した行いが、現下の危機と無縁であるはずがない。

それでは、なぜ朝日新聞は高校野球を強行したのだろうか。代表校の生徒や保護者らに限って2000人まで入場でき、吹奏楽部は各校50人を上限とすることで、感染防止策は十分なのだろうか。政府は、帰省や旅行をできる限り控えるように呼び掛けている。それにも関わらず、高校野球という巨大イベントを開くという行いが、更なる危機を呼ぶことはないのだろうか。

朝日新聞は7月22日に「感染防止に全力、対策強化 第103回全国高校野球選手権大会の開催、ご説明します」という記事を掲載した。そこには、応援団を「バブル方式」で管理するといった対策はなかった。応援団はバス移動で宿泊は認めない、といった対策は可能なのに。それとも、8月9日の記事「コロナ五輪、内外にリスク」で「バブル方式」に穴と批判したように、応援団もバブルに穴をあけると考えたのだろうか。

プロスポーツは春先から5000人・1万人を上限に有観客で試合を続けてきている。それによって感染は拡大しただろうか。感染者の行動履歴を確かめれば、有観客の危険性が統計的に求められる。それを根拠に甲子園も規制すればよい。

判断に資する定量的な情報を公表しない政府の姿勢もおかしいが、それを求めずに甲子園の開催を決定する朝日新聞も信頼できない。

感情も大切だが、根拠に基づいて国民を論理的に説得する姿勢を政府もメディアも持たない限り、有事への対応は進まない。