「社会的実験」の視点を持とう
新型コロナの感染拡大は「予測不可能な大転換の時代を生きる」(世界の賢人が語る未来/講談社現代新書)契機ともなるはずです。
お盆シーズンの帰省も、単純に自粛を求めるのではなく、故郷を見直し、東京一極集中を是正するチャンスにしたらいいのに、そうした発想が政府や知事らには極めて乏しいと思います。
小池都知事は「今、新型コロナの感染拡大で最大級、災害級の危機を迎えている。お盆休みの帰省や旅行については、延期や中止をし、今年はもうあきらめてほしい」(13日)と、人を驚かす言い方をしました。
小池氏ばかりでなく、全国知事会は国への提言として、「人流の抑え込みに一刻の猶予も許されない。帰省抑制に加え、ロックダウンのような強い措置の検討を求める」(1日)としました。
西村経済再生相は「お盆期間の帰省はぜひ中止や延期を考えてほしい」と語りました。横一線で帰省を悪者扱いしています。菅首相も帰省が持つプラスの意味を熟慮した気配はありません。
新型コロナの感染爆発の一因は、経済や人口の都市集中にあります。日本の場合は、過度の東京集中が是正される機会になることを私は期待しました。実際の動きとして、東京への人口流入は抑制され、若い世代の地方移住の流れができつつあります。それを加速すべきなのです。
閣僚、知事会、都知事の発言はこれらとは真逆の関係にあります。コロナ対策として、地方移住や地方創生を組み込めばいいのに、異口同音に「大都市圏にとどまれ」です。せっかくの機会を逃してしまうのです。
政府や自治体は何の準備もしないできたため、この段階に及んでは、大都市圏から地方の故郷にウイルスが持ち込まれないことを優先させるしかありません。「戻ってこないでくれ」との声が郷里から上がるのも当然です。
地方紙の社説を探しましたら、福島民友は「医療崩壊を招かないよう一人一人が慎重な行動を心掛けたい」(12日)と、平凡極まりない。
それに対し、徳島新聞は「人流抑制という自粛一辺倒の政策は、経済的打撃だけでなく、人の絆を損なわせる。ワクチン接種、検査を拡充すれば、故郷と都会を結ぶ距離は縮小する」(14日)と、意欲的です。
同紙は「島根では、お盆シーズンの帰省を支援する事業をやっている。ホテル代の半額を県が補助する」ことを紹介しています。
北海道では、今月20、21日に就職支援会社が転職相談会を開くとか。20代の若い世代で地方移住に関心を持つ人は4人に1人(国交省調べ)で、10年前の5倍になっています。コロナ危機がそれを加速するでしょう。
東京都への転入調査では、19年度の転入超が8万3千人だったのが、20年度は7500人に減っています。もちろん、地方移住の受け皿となる産業、企業の育成は欠かせません。地方創生担当の閣僚は、何をしているのか。
帰省する働き手、学生はワクチンを優先的に接種する。接種証明書(ワクチンパスポート)を発行し、移動の自由を保障する。実家に宿泊しなくても、ホテルを用意し、補助金をつける。アイディアはいくつもある。
冒頭に紹介した本で、ノア・ハラリ氏(イスラエル生まれの歴史学者・哲学者)は「14世紀に流行したペスト。感染症の深刻な流行がもたらした予想外の結果として、社会が激変し、ルネッサンスが起きた」と。
さらに「コロナ危機下では、大規模な社会実験が行われることになる」とも主張しています。日本の政府、自治体の政策担当者には、コロナ対策と社会的実験を組み合わせてみる想像力が求められます。
編集部より:このブログは「新聞記者OBが書くニュース物語 中村仁のブログ」2021年8月14日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、中村氏のブログをご覧ください。