中国核軍拡に背を向け核軍縮に向う? バイデンの米国

中国人民日報傘下の環球時報(GT)は14日、米国の元国防長官や核軍縮専門家らが日本の政党に、米国が「核先制不使用」の立場を公表しても反対しないことを求める公開書簡を送ったとの、9日の京都新聞記事の紹介で書き出された中国軍事専門家の寄稿を掲載した。

寄稿者は、米国は目下、中国が米露間の新戦略兵器削減条約(新START)に参加することを望んでおり、核先制不使用を仄めかすことで、中国に交渉参加を促す罠を仕掛けたいと思っているかも知れないが、中国は米国と核管理について交渉することはないと主張している。

そして米国が核の先制不使用を宣言した場合、同盟国の米国への信頼を大幅に低下させ、同盟体制に大きな影響を与えるから、世界の覇権を維持するために核兵器を使用するという米国の意図は変わらないことに注意する必要がある、と述べる。

Evgeniia Ozerkina/iStock

この唐突とも思えるGT記事には伏線がある。一つは6月30日にワシントンポストが、米シンクタンクの「ジェームズ・マーティン不拡散研究センター」が中国甘粛省玉門(ユメン)市近郊で約120のミサイルサイロを特定したと伝えたこと。

二つ目はニューヨークタイムズ(NYT)が7月26日、「米国科学者連盟(FAS)」が新疆ウイグル自治区哈蜜(ハミ)県に建設中の核ミサイルサイロを発見したとの記事を載せたことだ。両方を7月27日のGTが社説で論評している。

同社説は「米国の報告に対する中国の公式反応はない。一部の中国の人々は、サイロが風力発電所の基礎である可能性を示唆しているが、公式筋によって確認されていない」などと他人事のように書き、「米国は自国の核兵器を強化しているので、中国も同じことをするだろうと想定している」と述べる。

そして米軍の一部は「核兵器の近代化に熱心」なので中国のサイロを「誇大宣伝している」とし、「米国の挑発繰り返しと南シナ海・台湾海峡での傲慢に直面」する中国は「断固たる対策」を講じねばならず、米国社会が「中国の軍事力は『untouchable』と認識すれば平衡が達成される」と結ばれている。

そこで、ここ最近の米国による中国のミサイルサイロの発見状況を調べてみた。先ず一番新しいNYT記事の基になったFASの7月26日の報道。記事はユメンサイロに続いて、ハミでも建設中の2つ目のミサイルサイロサイトを発見したことを衛星画像と共に克明に報じている。

ハミサイトの建設は、21年3月にユメンと同規模の約800平方kmの複合施設南東部で始まり、急拡中だ。ドーム型シェルターが14のサイロの上に建てられ、さらに19のサイロの建設用に土壌が整備された。サイトの輪郭から約110のサイロが造られる可能性がある。

FASは2月24日にも、内モンゴル自治区吉蘭泰(ジランタイ)市東部の2090平方kmの敷地に13年から建設されている、中国ロケット軍(PLARF)のミサイル訓練や道路移動ミサイルランチャーと支援車両の操作手順調整に使用されるエリアを詳報した。ミサイルサイロは16年に確認された。

同サイトには練習用の140を超えるミサイルランチャーや移動前に滞在する20のキャンプ場がある。DF-5サイズ用と思しき12のサイロと複数の地下施設は、山西省忻州市五寨(ウザイ)の施設と酷似する。数年間大きな建物で覆われていたが、19年の衛星写真で捉えられた。

サイロを覆うドームが、ユメン及びハミのそれと同じ形状であることが、7月26日のFAS記事に衛星写真で示されている。これを見る限り、GT社説にある「風力発電所の基礎」などではなく、ICBM用サイロと見るのが妥当だろう。

ユメンとハミが内モンゴルと新疆ウイグルに位置していることから、住民を「人間の盾」にする立地ではとの見方もある。が、FAS記事は、ユメンやハミのサイトが沖縄の沖やオマーン湾から3500kmの、米巡航ミサイルの射程外の距離にあると述べている。

新疆ウイグルに関しては、南部のロプノールの砂漠に建設中の新しいトンネルをコロラドの調査会社All Source Analysisが衛星画像の分析で見つけたとNPRが7月30日に報じている。同地は90年代まで核実験のメッカで、以後は使われていなかった。

ハミ、ユメン、ジランタイ、ウザイの外にも、河南省周口市孫店のICBMサイトについて、昨年2月5日に軍備管理や軍縮、核不拡散に関するブログ「Arms Control Wonk」が書いている。

孫店サイトでは16年2月から17年11月の間に、以前特定されたDF-4 ICBM発射場の上に構造物が4つ建設され、それらはDF-4用のトンネルの近代化またはDF-41の新サイロ掘削作業と一致し、ウザイのICBMテストサイロの建設中の17年に存在した32m×66mの構造物と類似しているという。

FASによれば、中国は何十年間も液体燃料DF-5 ICBM用にサイロ約20を運用してきたが、ユメンとハミとジランタイの新サイロを加えれば人民解放軍ロケット部隊(PLARF)のサイロは約250となり、ロシアの運用数を抜いて米国ICBM部隊全体の半分を超える規模になる。

これら250の建設中サイロは、PLARFが12以上の基地に配備する約100の道路移動式固体燃料ICBM部隊に追加されるという。中国が新サイロをどう運用するのか、つまり、全部にミサイルを搭載するのか、一部を囮として使うかは不明とされる。

仮に全て単一弾頭ミサイルを搭載する場合、中国のICBM弾頭数は約185発から最大415発に増加し、ユメンとハミにMIRV(複数弾頭)DF-41 ICBMが搭載されれば、875発以上の弾頭(各3発の弾頭を想定)になる可能性があるとしている。

中国のミサイルは通常、核弾頭を設置せずに配備されている一方、米露のICBMは急な通知でも発射できる体制という。今後、中国は固体燃料ミサイルサイロへの移行と移動式ランチャーとの割合適正化も含めてPLARFの運用手順や生存性の向上が考えられると述べている。

斯様に中国のICBMの状況は、約110の発射台の約8割が移動式であることを含めほぼ丸裸の体だが、米国務省広報官は「急速な蓄積は隠蔽がより困難になり、中国が最小限の抑止力という数十年来の核戦略から逸脱しつつあることは明らか」と懸念を述べる(2日のEpoch Times)。

同記事はGTの胡錫進編集長がSNSで昨年5月、「核弾頭は米国の戦略的侵略の抑制」に必要だとし、「数を最低100のDF-41 ICBMを含む1000以上に増やす」よう北京に求めたとした。DF-41 ICBMの射程は15,000 kmで、米国本土を攻撃できると推定されている。

言論の自由のない中国で、先般、軍事評論家がネットに日本を「核の先制不使用」の例外にせよと投稿した件などが想起され、中国が核兵器に関する「最小限の抑止力」と「先制不使用」の枠を外しつつあるのだろう。

が、バイデン大統領は1月の就任後、新STARTを5年間更新した(トランプが中国を睨んで対露INF全廃条約を抜けたのと好対照)。条約は米露の核弾頭を各1550発以下に制限する。冒頭の軍事専門家が述べる通り、米露に比べて核兵器の少ない中国が加わる可能性は極めて低い。

保守系シンクタンクのヘリテージ財団で核抑止とミサイル防衛を分析する専門家は、新STRATは11年前の「今日見られる中国の拡大について知らなかった」頃の時代遅れの代物で、「米国がやらねばならぬ最低限のことは核の近代化だ」と述べる。至極もっともだ。

ところが現下の米国の趨勢は、冒頭の元国防相長官らがバイデン大統領へも書簡を出し、トランプ政権が配備したW76-2低収量核弾頭や開発初期にある核武装した海上発射巡航ミサイルを排除するよう求めているというのだ(7月22日のThe Hill)。

書簡にはさらに、議会予算局の見積もりでは「今後10年間に核兵器を維持更新するのに6,340億ドル掛かる」可能性があり、核兵器の削減は「納税者への高額な請求額を削減し、軍備管理に関する米国の世界的リーダーシップを回復する」と書いてある。

また書簡は、このことは「国家安全保障と同盟国の安全保障の約束を果たす」とし、「軍備管理に関する中露との強力な外交の追求」を約束することを求めている。ナイーブと思うが、バイデンは副大統領当時の17年、「米国による核兵器の最初の使用が必要または理に適っているという尤もらしいシナリオを想像するのは難しい」と述べたそうだから真に心許ない。

最後にさらに驚くことを書く。上記に縷々引用したFASはマッカーサー基金など複数の財団に支援されているが、最大の支援者マッカーサー基金が23年までに反核兵器への資金提供を辞めると発表したのだ。目下提供されている年間1000万ドルが2年以内に消滅する(7月9日のThe Hill)。

同基金は核軍縮や気候変動対策を支援するなどリベラル色が濃く、見てきたように中国の核軍拡の実態を白日の下に晒してきた。これが逆に米露を核軍拡に掻き立てるきっかけになり得ることに嫌気がさしたのだろうか。が、支援停止が核軍縮に資するとは思われない。