1兆円の損害よりもイノベーション優先の米最高裁⑤

Bill Chizek/iStock

著作権の最適保護水準

連載④で最高裁に提出された60件以上のアミカスブリーフ(法廷助言書)の概要を紹介。その中で米国反トラスト協会のアミカスブリーフを以下のように紹介しつつ補足した。

公益団体もグーグルを支持した。中でも米国反トラスト協会は、 控訴審が排他的権利と競争のバランスをはかることによって、イノベーションと競争を促進する著作権法の目的を考慮せず、競争面を無視した判決を下した点を批判、ソフトウェア市場のイノベーションと競争を遅らせる判決を覆すよう促した。最高裁判決はフェアユース判定の第4要素、「原著作物の潜在的市場に与える影響」(連載② 参照)を判断する際にこの考え方を採用し、オラクルが著作権を行使することによって得る利益と、Java APIを学んだユーザーが開発する創造的改良によって得られる公共的利益を比較衡量すると、著作権行使は著作権本来の目的である創造性を阻害するとした。

この説明の理解を助けるのが図1である。

出典:田中 辰雄・林 紘一郎編著「著作権保護期間―延長は文化を振興するか?

以下、図の解説を出典から引用する。

横軸Zは権利保護の強さを表し、左の端が保護が全く無い状態で、右に進むほど権利保護が強くなる。例えば右に進むほど私的コピーが厳しく取り締まられる。あるいは権利保護期間が長くなると考えればよい。縦軸のうち右側は創作者の便益C(生産者余剰)を表す。創作者の便益は、権利の保護が強まるほど収益の機会が増えるので曲線C(z)が示すように右上がりに増加する。ただし、あまり保護を強めすぎると利用者の反発のために売上げが減少して収益は下がる可能性があり、図ではこれを反映してA₁点で逆転するように描いてある。

縦軸の左側は利用者の収益U(消費者余剰)である。利用者にとっては保護が弱いほど自由な利用が可能になって便益が上昇するので、曲線U(z)はZが小さくなるほど、すなわち左に進むほど増加する。ただし、保護があまりに弱くなると創作物がまったく供給されなくなり、利用者の便益は下がりはじめる可能性がある。図ではこれを反映しA₂で逆転するように描いてある。

社会全体の便益(社会余剰)は、創作者の利益と利用者の利益の和S(z)=U(z)+C(z)で表され、図1のように上に凸の曲線になる。社会全体の利益が最大になるにはA₃点である。権利保護の水準が左端の方に近くても右端に近くても社会的便益は減少し、便益は権利の強度が中庸のどこかで最大になる。

A₁点の反転については注で「常に反転が起こるというわけではないが、反転を示唆する現象は多く見られる。」として、「音楽配信で、強いDMR(コピー防止技術)をかけた日本の配信事業が伸び悩み、DMR を弱めたiTunesなどの配信事業が伸びているのも、強すぎる保護が創作者の便益をかえって失わせた事例」ほかを挙げている。

過ぎたるはなお及ばざるが如し

より最近の事例として、厳しい使用料徴収をめぐって裁判も起こされているJASRAC の例があげられる。2017年2月、JASRACは音楽教室から使用料を徴収する方針を発表。現在でも練習の成果を発表するコンサートからは使用料を徴収しているが、教室での練習にも使用料を課そうとするこの方針に対し、音楽教室事業者が訴訟を提起。一審の東京地裁ではJASRACが勝訴したが、知財高裁では痛み分けとなり、最高裁の判断待ちとなっている。

2019年7月に東京地裁で開催された証人尋問模様を紹介した拙稿「音楽教室 対 JASRAC訴訟:潜入調査の職員と会長が注目の証言」のとおり、音楽教室側の証人の一人は使用料徴収が認められたら、JASRACの管理している楽曲は使わないと証言した。この証言によって、拙著「音楽はどこへ消えたか? 2019改正著作権法で見えたJASRACと音楽教室問題」(以下、「拙著」)のQ21「著作権の保護は『過ぎたるはなお及ばざるが如し』だって本当?」で紹介した以下の実例が現実味を帯びてくる。

音楽教室からも使用料を徴収することは、利用者を音楽から遠ざける結果を招くことを具体例で説明しましょう。

一つはQ5で紹介した葬儀で故人の好きだった曲を流せなかったミュージシャンの佐藤龍一さんの例です。JASRACの管理が厳しいために葬儀会社は慎重になり過ぎて、著作権切れの民謡まで断ってしまいました。

もう一つは、Q.14と15で紹介したダンス教室に関連する話です。2004年の名古屋高裁判決で少数の会員相手でも公衆に対する演奏に当たり、無許可の演奏は著作権侵害に当たるとされたため、ダンス教室は使用料を支払っています。ところが、生徒数の少ない教室などから負担を訴える声が出たため、日本ボールルームダンス連盟は著作権切れの古い曲ばかり集めたCDを用意しています。

今回の裁判でもJASRACの主張が認められ、音楽教室が使用料を支払わなければならなくなった場合、同じようなことが起こるおそれは十分あります。ダンス教室に通う大人と違って、音楽教室に通う子どもの場合、今流行っている曲が弾けないようでは音楽に対する興味を失って、教室に通うのをやめかねません。

JASRACは「音楽の著作物の著作権を保護し、あわせて音楽の著作物の利用の円滑を図り、もって音楽文化の普及発展に寄すること」を事業目的に掲げている。図1でいえばA₃点を目指すべきである。にもかかわらず上記のとおり、A₁点の反転を超えた強すぎる保護が創作者の便益をかえって損なうとともに社会的便益も減少させているのである。

アミカスブリーフの効用

対照的に米最高裁は社会全体の利益が最大になるA₃点をめざして、オラクルの権利主張を認めなかった。この判決に、訴訟当事者だけでなく多くの利害関係者の意見を求めるアミカスブリーフの果たした役割が大きかったことは、連載④ のとおりだが、日本にもアミカスブリーフ制度があればと思わせるのが、現在最高裁で係争中の音楽教室 vs JASRAC訴訟である。

JASRACの音楽教室からの使用料徴収方針に対して、以下の拙著の紹介のとおり、利用者である音楽教室関係者だけでなくJASRACに使用料徴収を委託しているミュージシャンからも猛反対が起きたからである。

Q12 ツイッターで60万人が批判し、著名なミュージシャンも反対しているって本当?
A.坂本龍一、大政直人など大物ミュージシャンもJASRACの方針に反発している!

Q13 JASRACの使用料徴収方針に対して57万人が反対署名に応じ、国会でも質問されたって本当?
A.本当! 音楽教育を守る会は約57万人分の反対署名を集め、国会でも質問・答弁された。

ところが、一審の東京地裁は以下の拙稿「音楽教室 vs JASRAC事件判決文の4つの争点について」の結びのとおり、JASRACの主張を全面的に認める判決を下した。

以上、カラオケスナックでの客の歌唱もカラオケ店主による演奏であるとした1988年のクラブキャッツアイ事件最高裁判決、ダンス教室での一人の受講者のみを対象とした音楽の再生も誰でも受講者になれるため公衆に対する演奏であるとした2004年の社交ダンス教室事件名古屋高裁判決、一人カラオケも聞かせるための演奏であるとした2009年のカラオケボックスビッグエコー事件東京高裁判決など昔の判決が、今の時代の社会通念に合っているかの疑問には答えず、これらの判例を踏襲する判決となった。

日本にも訴訟当事者以外の第三者が裁判所に意見を提出できるアミカスブリーフ制度があれば、上記のとおり、大物ミュージシャンを含む100万人以上が反対を表明したこの事件では、多くの反対のアミカスブリーフが提出されたものと思われ、東京地裁も時代遅れの過去の判決を墨守するような判決は下さなかったかもしれない。

【関連記事】
1兆円の損害よりもイノベーション優先の米最高裁①
1兆円の損害よりもイノベーション優先の米最高裁②
1兆円の損害よりもイノベーション優先の米最高裁③
1兆円の損害よりもイノベーション優先の米最高裁④