必要なのは「野戦病院」ではなく軽症患者の退院システム

池田 信夫

日本医師会の中川会長が、きのうの記者会見で「野戦病院の設置」を提言した。「大規模イベント会場、体育館、ドーム型の運動施設を臨時の医療施設として、集中的に医療を提供する場所を確保する」という。

入院患者の半分以上は軽症・無症状

これは問題のすり替えである。足りないのはベッド数ではない。日本の病床は全国で160万床もあり、人口あたり世界最多だ。問題はその配分が非効率で、コロナに3万床しか使われず、その大部分を軽症患者が占めていることだ。

ところが厚労省にも東京都にも、(入院の必要な)中等症と(不要な)軽症を区別したデータがない。少なくとも愛知県、神奈川県、茨城県、福岡県、熊本県、沖縄県、新潟県にはあるが、たとえば愛知県では入院患者613人のうち、軽症・無症状が378人と62%を占める。

愛知県のコロナ患者数

この数字にはバラツキがあり、福岡県では入院患者882人のうち重症・中等症395人を除く55%が軽症・無症状だが、神奈川県では入院患者1524人のうち軽症・無症状は84人しかいない。これは中等症の定義が違うためと思われるが、ほとんどの県で入院患者の半分以上が軽症・無症状である。

厚労省では軽症は酸素飽和度(SpO2)93%以下と定義しているが、これが厳密に守られているわけではなく、軽症でもベッドがあいていたら入院させる早い者勝ちになっている。

自宅療養で死ぬ原因は軽症患者の入院だ

「自宅で重症化して救急車がたらい回しされて死んだ」という報道が、自宅療養の批判で引き合いに出されるが、これは原因と結果を取り違えている。自宅療養は結果であり、その原因は自宅療養すべき軽症患者を入院させていることだ

病床が逼迫しても、退院させるのは「非人間的だ」とか「自宅で死んだらどうする」と批判されるので、病院はベッドがあいていれば入院を続ける。特に高齢の認知症患者は家族が引き取らないので、なおってもずるずると入院を続けるケースが多いという。

この状況で患者が激増すると、入院調整ができない。それが今年4月に大阪で起こったことだ。JBpressで書いたように、4月20日ごろには重症病床が一杯になっていたのに、入院患者を退院させなかったため、病床があふれて新たに発生した重症患者が自宅療養になったのだ。

今年4月から5月の大阪府の重症病床使用率(大阪府サイト)

過剰医療を是正するとき

大阪府はこの失敗を教訓として「転退院サポートセンター」をつくった。必要なのは野戦病院ではなく、このような軽症患者を退院させる制度である。日本のコロナ患者入院率は、世界的にみて異常に高い。

コロナは新型インフル等感染症に指定され、高額医療も無料なので、軽症患者が居座る原因になりやすい。今まではそういう贅沢な医療態勢でやってきたが、これからはそうは行かない。こういう状況を放置したまま、野戦病院をつくっても人がいない。

問題は患者の効率的配分である。大病院はコロナ専門にし、それ以外の患者は個人病院に転院させる。軽症患者は自宅療養を原則とし、開業医が対応する。医師会の野戦病院提案は、開業医の責任を回避する目くらましである。

国会を開くなら政令を改正してコロナを5類に格下げし、特措法を改正して行政に命令権限を与える必要がある。その罰則としては保険医の指定取り消しが考えられるが、これは健康保険法の改正が必要なので、従わない病院名を公表するだけでもいい。

いま必要なのは、行動制限やロックダウンで感染を減らすことではない。デルタ株の致死率は0.1%程度でインフルと変わらないので、すべての感染者を追跡する2類相当の医療態勢は過剰である。不要不急の軽症患者を退院させ、重症患者の命を救うことが重要なのだ。