二宮尊徳と孔子

日本が誇るべき偉大な哲学者であり、教育者である森信三先生の大阪天王寺師範学校本科での講義を纏めた『修身教授録』第12講「偉人のいろいろ」は、次の言葉に始まります――さてこの間も、ある方とお話をしていた際、われわれ日本人の持っている先哲のうちで、(中略)普通一般のわれわれ日本人の立場から見て、誰が一番難のない偉人と言えるかという問題について、(中略)結局それは二宮尊徳だろうということになったのです。

そして「次には眼を転じて他の国々の偉人を見」、森先生は「最も優れているのは、何といっても世界の三聖または四聖と言われる人々でしょう。しかしそれらの人々のうち、われわれにもっとも親しみの深いのは、何と言っても孔子であると思います」と言われ、尊徳翁と孔子の共通点・相違点へと話を進められ、両偉人を「照らし合わせて考えるのが、最も妙味があるかと思うのです」と述べておられます。

上記に関し私見を申し上げるならば、どちらも偉大な人物であり尊敬している部分が非常にあるわけですが、比べるという対象ではないと思います。尤も、世界中に不変の真理として受け入れられているという点では、やはり孔子の方が圧倒的に高い評価を得、深く浸透していると見るのが妥当ではないかと思います。例えば、尊徳翁は「自分の置かれた状況や立場を弁え、それに相応しい生活を送ること」の大切さを説き、「分度」ということを主張しましたが、之は世界的には中々受け入れられないでしょう。

それから何よりも、二宮尊徳という人物が世界に十分知られていない部分が大きいでしょう。7年も前になりますが私は、『利は義の和なり~ただ理財の枝葉に走り、金銭の増減にのみ拘る政治家達へ~』と題したブログの中で、次のように述べたことがあります――藩政の大改革を実現した人物として、ケネディ大統領も尊敬した米沢藩主の上杉鷹山公、及び備中松山藩を見事立て直した儒者・山田方谷、並びに託された財政再建等を全て成功裏に成し遂げた二宮尊徳翁、の三人が特筆に値すると思います。

ケネディ大統領の御陰もあって鷹山公は割合その名が広まった方かもしれませんが、経済改革を完遂した偉大な日本人として世界にもっと積極発信されていたならば、彼等の世界的評価は明らかに違っていたことでしょう。嘗ての名ドラマ『おしん』で例示すれば、「日本で大ブームを巻き起こした後に海を渡り、80年代後半から90年代にかけてアジア圏を中心に海外でも放送されて、人気を広げていった」わけですが、うまくテレビ番組等で発信されれば尊徳翁もアジア圏で結構な人気を博すようになっていたかもしれません。

『おしん』が「放送された80年代の東南アジア圏は、経済成長が本格化していった時期だった。貧困からの脱却を図るアジア各国の人々は、さまざまな苦難に立ち向かい、ひたむきに生きるヒロインに自分を重ねると同時に、第2次世界大戦後の日本の発展を思い、鼓舞されたという」ことですが、対する尊徳翁は600以上の荒廃した村々を復興し、一汁一菜程度で決して贅沢はせず、己の全人生を世のため人のために捧げた立派な人物であります。志同じくした者が精神的にも経済的にもより豊かな生活が送れるようして行くべく、翁は「心田」を開拓すること及び荒れた農地を開墾して行くことの二つを生涯の使命とし、経済再生にも非常に取り組んだ偉人なのです。

思えばある一時期、日本の小学校の殆どに尊徳翁の像がありました。我国の人民の中で、翁の人間力・生き様・高い志を見、感動を覚えない日本人は略いないと思います。日本社会にあって誰もが共感するような部分を翁は有し、また日本民族のある面での良き精神を持って生き抜いた偉大な人なのです。少なくとも我々日本人は、森先生が「民族の代表的巨人の一人」とする二宮尊徳という人物より多くを学び、自分の小欲に克ち社会のためにという大欲に生きようと日々努めるべきだと思います。


編集部より:この記事は、北尾吉孝氏のブログ「北尾吉孝日記」2021年8月20日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方はこちらをご覧ください。